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前置・癒着胎盤

沖縄県立中部病院総合周産期母子医療センター産科
橋口 幹夫

【要 旨】

癒着胎盤は、胎盤と子宮筋層間に存在する床脱落膜が欠損することで絨毛組織が 直接、子宮筋層に浸潤し、分娩終了時に正常な胎盤剥離が行われない。

遺残する胎盤や、不完全な胎盤剥離面から出血するため、臨床上、産後出血とし て問題となる。

近年、前回帝王切開創部に付着する前置胎盤が癒着を伴う、いわゆる前置・癒着 胎盤例が増加傾向にある。

また前置・癒着胎盤例における帝王切開術中の出血コントロールは、癒着の程度 が重度であるほど困難を伴い、その対応についても一定の見解が得られていない。

福島県の病院での前置・癒着胎盤合併妊娠例における母体死亡は、我々、周産期 医療に従事する者にとって疾患の深刻さは、もちろんだが、その後の担当産婦人科 医の逮捕、起訴という事実に困惑、動揺をもたらしたことは、記憶に新しい。

産後の出血コントロール目的で子宮全摘術を余儀なくされることもあり、その時 期や術式の工夫、胎盤剥離の有無、バルーンカテーテルによる血流遮断の併用など 様々な報告がなされているが、いまだに定まった治療はない。

治療の基本は、不測の事態に備えて、保存血の確保や他科との協力体制確立が不 可欠である。

はじめに

癒着胎盤の定義・分類

癒着胎盤とは絨毛組織が子宮筋層に進入し、 その剥離が行われない状態を言う。組織学的に は、床脱落膜が存在しないものを言う。

また、床脱落膜が欠如しているが子宮筋層へ の胎盤浸潤が軽度なものを付着胎盤とし、浸潤 の程度がそれより進行している場合を癒着胎盤 とすることもある1)

病理分類

摘出子宮の病理検査で絨毛組織の子宮筋層へ の侵入程度で分類される。その侵入程度に比し て、臨床上も重症度が増してゆくことが多い。

A)楔入胎盤(Placenta accrete)

絨毛組織が子宮筋層表面にとどまり、子宮 筋層内へ侵入していない。

B)嵌入胎盤(Placenta increta)

絨毛組織が子宮筋層に侵入している。

C)穿通胎盤(Placenta percreta)

絨毛組織が子宮筋層を貫き、漿膜面まで達 している。

癒着胎盤の頻度

米国の報告では、1950年以前は1/30,000程 度であったものが、1980年台より増加傾向を示し、近年では1/500程度に上昇している。

この原因として、後に述べる癒着胎盤の原因 の1つである帝王切開術の増加によるものが大 きい。本邦でも同様に帝王切開率が上昇してい る昨今、同じような傾向を示しつつある。

癒着胎盤の危険因子

帝王切開術の既往、さらに前置胎盤を合併す る場合、その可能性が高くなる。

Clarkeらの報告では、帝王切開術既往がない 前置胎盤例では、癒着胎盤の可能性が5%程度 に対して、既往帝王切開術1回に前置胎盤が合 併する場合、癒着胎盤の可能性は24%、既往 帝王切開術3回以上に 前置胎盤が合併する 場合、67%に達する。 (表1)2)

表1

その他の因子として は、複数回の子宮内 掻爬術、子宮手術 (子宮筋腫核出術)の 既往、母体年齢35 歳 以上などがある。

前置胎盤の危険因子

癒着胎盤の危険因子 である前置胎盤そのも のにも、危険因子とし て既往帝王切開術が指 摘されている。

また、既往帝王切開 術の回数によって前置 胎盤になる危険度が上 昇することも報告され ている。前1回帝王切 開術の場合、前置胎盤 の相対危険度が4 . 5 (95% CI 3.6〜5.5) に対して、前4回帝王 切開術では44.9(95% CI 13.5〜149.5)3)

癒着胎盤の診断

分娩前の診断は、そのほとんどが超音波検査 による。

MRI検査も有用で、超音波診断と併用するこ ともある。

妊娠中期後半(妊娠20〜24週)頃に前回帝 王切開創部を含む前置胎盤の存在が認められれ ば、超音波、MRI検査等で癒着胎盤の有無を検 索する。

前置・癒着胎盤の可能性がある場合、分娩時 期、方法、合併症などについて患者と充分な話 し合いを持つことになる。

超音波所見

a)胎盤が虫食いまたはスイスチーズ様を示す placental lacunaの存在

b)胎盤付着部の子宮筋層の菲薄化

c)胎盤と子宮壁の間に見られる低輝度境界線 (脱落膜エコー)の欠落

d)子宮漿膜面と膀胱壁の間に血管増生・拡張 以上の所見が認められる。(写真1、2)

写真1

(写真1)
前回帝王切開術創直下に前置胎盤が存在し、vascular space、placenta lacunaが著明であり、 グレースケールでも血流が確認できる。
A:外子宮口 B:内子宮口 ※:vascular space、placenta lacuna

写真2

(写真2)
胎盤付着部の子宮筋層の菲薄化、胎盤後壁のretroplacental hypoechoic lesionの欠如Lacunaの 増加で胎盤がスイスチーズ様を示している。

経膣超音波による診 断の精度は高く、特に 妊娠20週以降にこれら の所見が認められれば、 癒着胎盤の可能性は高 くなる。

その中でも、placenta lacunaの存在は、診 断陽性率が高い4)

また、カラードップ ラーによる子宮壁と膀 胱壁の血管増生なども 診断の一助になるが、 パワー、カラードップ ラー検査が従来のグレ ースケールによる超音 波診断を上回るもので はない。(写真3)

写真3

(写真3)
胎盤後面と膀胱壁間に豊富な血流を認める。

また妊娠初期に子宮 下部の前回帝王切開術 創部に着床するいわゆ る「Cesarian Scar Ectopic Pregnancy」も 前置・癒着胎盤との関 連が注目されている5)

MRI検査

前置・癒着胎盤の診 断におけるM R I 検査 は、有用だが超音波検 査を上回るものではな い。(写真4)

写真4

(写真4)
胎盤後面と子宮筋層間の脱落膜層の欠損、子宮筋層の菲薄化が認められる。

しかし、超音波で評 価が困難な後壁付着の 胎盤には、最適である6)

母体血清アルファフェトプロテイン(MSAFP: Maternal serum alpha-fetoprotein)

胎盤付着部位の異常のため、癒着胎盤ではア ルファフェトプロテインが母体循環血液中に漏 出することがあり、血清中の異常高値に着目す る報告もある7)8)

治療

分娩時後の大量出血に対する予防策として胎 盤を残すのか、剥離するのか統一された見解は ない。

しかし、充分な術前準備にも関わらず、胎盤 剥離が不成功に終わると止血困難に陥ることが 多いことから、部分的に自然剥離がなければ、 胎盤を残したまま治療を行う傾向にある。

一般的には、充分な術前の準備を行い妊娠36 〜37週頃までに予定帝王切開術を行うが、穿 通胎盤と診断された症 例においては、妊娠36 週を超えると明らかに 分娩後の出血量が増え ることから、ステロイ ド投与で胎児肺成熟を 促し、妊娠34 〜 35 週 で予定帝王切開術を推 奨する報告もある9)

帝切後の子宮全摘術 (1期的治療)

前壁付着の胎盤を避 け、子宮体部縦切開 (古典的帝王切開)ま たは、子宮体部横切開 を行い、児を娩出し、 臍帯を結紮後、胎盤を 剥離せずに子宮壁を縫 合し閉じる。

その後、子宮摘出術 を行うが、残存する胎 盤のため、子宮下部は 膨隆し、骨盤壁との間 にスペースがなく、子宮動脈結紮、尿管剥離操 作に困難を極める。

また、膀胱壁と癒着胎盤が強固に付着してい る場合、膀胱損傷を来すことがある。

しかし、膀胱損傷を恐れるあまり、膀胱剥離 に時間が取られ出血量が増加したり、剥離途中 から解剖が判らなくなり広範な膀胱損傷を起す ぐらいなら、わざと膀胱のドームを3cm程度切 開開放し、膀胱内側から剥離面を確認する方 が、無用な損傷拡大を予防できるという報告も ある10)。筆者も、剥離困難と判断し、膀胱を切 開し、膀胱内から確認しながら膀胱を子宮前壁 から分離して事なきを得たことがある。このよ うに術中に膀胱、尿管損傷に対応する必要があ り、泌尿器科医の術中のバックアップは不可欠 である。

また、菲薄化した子宮下部を処理する際、子宮壁を鉗子で把持した部位が容易に裂け、露出 した胎盤組織から出血し、術野確保が困難にな る。出血コントロールの最終手段である子宮全 摘にも関わらず、その手技は容易でなく合併症 や出血も多い。

そのため、血液製剤の確保、術前、術中の尿 管カテーテル留置のみならず、出血コントロー ル目的で総腸骨動脈にバルーンカテーテル留置 を行い、子宮摘出時に両側総骨動脈を一時的に 遮断する方法も試みられている。

胎盤剥離せずに帝王切開術終了後、数週間 から数ヵ月後に子宮全摘術または、自然吸収 の経過観察を行う(2期的治療)

妊娠による血流増加 の影響を軽減する目的 で、あえて帝王切開術 直後に子宮全摘術を行 うことなく、待機的に 子宮摘出を計画する方 法である。

その際、化学療法に 用いるMTX(メトト レキセート)を併用す ることもある。

また、患者が妊孕性 温存を希望する場合、 子宮全摘術は行わずに 遺残胎盤が縮小した頃 に子宮内掻爬術で除去 する場合もある。2 期 的治療は、成功例では 明らかに出血量は少な い11)

しかし、待機中に突 然の大量出血や遺残胎 盤の感染による敗血症 などの危険性もあり、 緊急の子宮摘出術を余 儀なくされることも充 分に患者に説明する必要がある12)

子宮全摘術を行うタイミングについては、 種々の意見があり、一定の指標はない。

また、子宮温存を行う場合、帝王切開術後の 予防的な子宮動脈塞栓術やMTX投与について も、その必要性の是非が議論されている13)14)

当院での経験例

1995年4月から2007年3月までに24週以降の 8,074例の分娩症例中、臨床的に診断したもの を含めた癒着胎盤が74例存在した。

用手剥離等で治療が可能であった61例を除 く、13例を検討した。(表2)

表2

13例は、大量出血のため緊急子宮全摘術を施行した1群、出血コントロールした2群、胎 盤剥離を行わず、2期的に治療した3群の大ま かに3 つのグループに 分類した。(表3)

表3

1群は4例中3例が穿 通癒着胎盤で且つ前置 胎盤を合併していた。

術中の出血コントロ ール目的で内腸骨動脈 結紮術や大動脈一時遮 断などを併用している が、術中出血はいずれ も4,000gを越えている。

最近では、前置癒着 胎盤の1 期的手術中に 内腸骨動脈結紮術を併 用するのは、その止血 効果が50%程度しかな いことや、手技そのも のが煩雑であることか ら、以前より行われな くなった15)

我々は、外腸骨動脈 系からの副側血行路の 血流をコントロールす る目的で腹部大動脈一 時遮断以外に総腸骨動 脈にバルーンカテーテ ルを留置し、一時的に 閉塞することも試みて いる。(表4)

表4

2 群は、術前診断で 癒着胎盤の診断が下さ れているのは、5例中1 例のみで、その他は分 娩後にその存在に気付 き、緊急で出血コント ロールに対応している。

幸いにも癒着の程度 が軽度なため、いずれ の症例も重篤な結果に至っていない。(表5)

表5

3群は、4例とも前置癒着胎盤で術前診断がなされていた症例である。前置胎盤からの出血もな く、充分な術前準備の下に帝王切開術を施行し ている。

いずれの症例も子宮切開創は胎盤への侵襲を 避け、また児娩出後は、子宮内に胎盤を残したまま閉腹し、そのまま自然吸収した症例や数ヵ 月後に子宮摘出した症例である。(表6)

表6

摘出症例は、明らかに術中出血が1群に比し、 少量であった。これは、妊娠による血流の影響 が消失し、遺残胎盤の容積が減少し、摘出術中 の操作が容易であった ためと思われた。(表7)

表7

2期的治療は、子宮温 存が可能で、また摘出 術を選択してもその手 技は比較的容易で出血 量も少ない長所がある。

しかし、3群の症例12 は子宮摘出時の術中出 血は、1,800gだが、MTX 投与後、自然消失を待 機中に胎盤の感染と突 然の大量出血で、重篤 な状態に陥った。

したがって待機的に 治療し、かつ子宮温存 をする場合、このよう な生命の危機に陥る感 染、出血の可能性を患 者との間で充分に話し 合いを持つ必要がある。

また、MTX投与は、 子宮外妊娠などの細胞 分裂が著しい妊娠初期 に比べ、分娩後の胎盤 への効果は明らかでは なく、かえって症例12 のように感染のリスク が上昇する可能性もあ ると考えた。

その後に症例13のよ うに胎盤を残したま ま、あえて何も行わず に自然に遺残胎盤の大 半が排出された症例も 経験した。たとえ、患者が子宮温存を強く希望した場合 でも、その治療過程において、救命目的で子宮 全摘術が必要になる可能性を十分に説明し、患 者の理解を得ることは、重要なことである。当 院では、現在、癒着胎盤や前置・癒着胎盤に対 して、(表8)のような大まかな治療指針のもと に治療を行っている。

表8

1期的治療と2期的治療は、それぞれ長短所 があり、いまだ改善の余地が残されているが、 症例ごとに個別の対応することで最大限の効果 を上げ、最小限の合併症にとどめるべく治療に 当っているところである。(表9)

表9
おわりに

いまだ、母体死亡という最悪のシナリオを意 識せざるを得ない疾患である。

この疾患の治療の成功のカギは、他科とのチー ムワークによる協力体制を確立することである。

今後とも、麻酔科、血管外科、泌尿器科、放射 線科、新生児科の協力を得ながら対応する必要性 を痛感している。



参考文献
1)産婦人科研修の必修知 識2007(日本産婦人科 学会). 276-280
2)Clark SL, Koonings PP, PhelanJP. Placenta previa/ accreta and prior cesarean section. Obstet Gynecol 1985;66:89-92.
3) Ananth CV, Wilcox AJ, Savite DA, Bowes WAJr, Luther ER. Effect of maternal age and parity on the risk of uteroplacental bleeding disorders in pregnancy. Obstet Gynecol 1996; 88:511-6.
4)Comstock CH, Love JJ Jr, Bronsteen RA, Lee W, Vettraino IM, Huang RR, et al. Sonographic detection of placenta accreta in the second and third trimesters of pregnancy. Am J Obstet Gynecol 2004;190: 11 35- 40.
5) Comstock CH, Lee W, Vettraino IM, Bronsteen RA. The early sonographic appearance of placenta accreta. J Ultrasound Med 2003; 22:19-23; quiz 24-6.
6) Levine D, Hulka CA, LudmirJ, Li W, Edelman RR. Placenta accreta: evaluation with color Doppler US, power Doppler US, and MR imaging. Radiology 1997;205:773-6.
7)Zelop C, Nadel A, Frigoletto FDJr, Pauker S, MacMillan M, Benacerraf BR. Placenta accreta/percreta/increta: a cause of elevated maternal serum alpha-fetoprotein. Obstet Gynecol.1992 ;80 : 693-4.
8)Kupferminc MJ, Tamura RK, Wigton TR, Glassenberg R, Socol ML. Placenta accreta is associated with elevated maternal serum alpha-fetoprotein. Obstet Gynecol. 1993;82:266-9.
9)O'Brien JM, JR Barton, ES Donaldson: The management of placenta percreta: conservative and operative strategies. Am J Obstet Gynecol 175 (1996) 1632
10)Bakri YN, Sundin T. Cystotomy for placenta previa percreta with bladder invasion [letter]. Urology 1992;40:580.
11)Gilles Kayem, Ce’line Davy, et al: Conservative Versus Extirpative Management in Cases of Placenta Accreta. Obstet Gynecol 2004;104:531-6
12)Guoyang Luo, Siram C. Perini, et al. Failure of conservative management of placenta previa percreta. J. Perinat. Med. 2005;33:564-568
13)Butt K, Gagnon A, Delisle MF. Failure of methotrexate and internal iliac balloon catheterization to manage placenta percreta. Obstet Gynecol 2002;99:981-2.
14)Jaffe R, DuBeshter B, Sherer DM, Thompson EA, WoodsJR Jr. Failure of methotrexate treatment for term placenta percreta. AmJ Obstet Gynecol 1994;171:558-9.
15)Clark, SL, Phefan, JP, Yeh, SY, et al. Hypogastric artery ligation for obstetric hemorrhage. Obstet Gynecol 1985; 66:353.



著 者 紹 介

橋口幹夫

沖縄県立中部病院総合周産期母子医療センター産科
橋口 幹夫

生年月日:昭和35年9月29日

出身地:沖縄県 沖縄市

出身大学:帝京大学医学部 昭和61年卒

略歴
 1987年 沖縄県立中部病院産婦人科レジデント終了
 1988年 沖縄県立宮古病院産婦人科
 1989年 沖縄県立中部病院産婦人科
 1998年 沖縄県立八重山病院産婦人科医長
 2002年 沖縄県立中部病院産婦人科副部長
 2003年 沖縄県立中部病院産科部長

専攻・診療領域
 周産期、産婦人科救急



Q U E S T I O N !

問題:前回帝王切開術の既往が1回の症例で、 帝切創部に付着する前置胎盤が認められ た場合、癒着胎盤になる可能性は何%か。

  • 1) 5%
  • 2) 12%
  • 3) 24%
  • 4) 67%
  • 5) 80%

CORRECT ANSWER! 10月号(vol.43)の正解

問題:家族性腫瘍についての記載で正しくない ものを選べ。

  • 1)散発性卵巣癌にBRCA1遺伝子変異は高率に 認められ、卵巣癌の責任遺伝子である。
  • 2)H N P C C の原因遺伝子としてのM L H 1 、 MSH2はDNA修復酵素である。
  • 3)家族性乳癌卵巣癌の原因遺伝子として BRCA2がある。
  • 4)多発性内分泌腫瘍症(multiple endocrine neoplasia: MEN)2型はRET遺伝子異常を 受け継ぐ高発癌家系である。
  • 5)乳癌・卵巣癌家系や卵巣癌家系にBRCA1遺 伝子の異常が高率に認められる。

正解 1)