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転移性骨腫瘍と放射線治療について

沖縄県立南部医療センター・こども医療センター 放射線科
 伊良波 史朗
琉球大学医学部放射線医学分野
 小川 和彦、村山 貞之

【要 旨】

放射線治療は、一般の臨床医にとっては、放射線科の中においてマイナーな領域 として捉えられている事が多いと思われる。実際、沖縄県では当院を含めた数施設 以外においては、あまり馴染みのない領域かもしれない。

放射線治療自体は、根治的照射および姑息的照射(緩和治療)の二つの側面を持 つと考えられる。姑息的照射の大部分を占めるのが、転移性骨腫瘍に対する放射線 治療と考えられ、放射線治療全体の、10%程度を占めるとされている。転移性骨腫 瘍は、あらゆる癌の終末期像として出現し、NSAIDsやモルヒネを使用しても、疼 痛コントロールがうまくいかず、癌を治療する臨床医においては、その対応に難渋 することも多いと思われる。今回、姑息的照射の一つである転移性骨腫瘍の放射線 治療について、一般的な放射線治療の概念とその対処法を概説する。放射線治療の タイミングやポイントを臨床医の先生方に理解していただければ、幸いである。

1.転移性骨腫瘍の疫学

癌の患者総数は、年を追うごとに増加傾向 で、その罹患者の概数は、2000年以降、約50 万人程度とされている。その上位は胃癌が約10 万人、肺癌6万人、結腸癌5.5万人、肝癌3.5万 人、直腸癌と乳癌がそれぞれ3万人程度、子宮 癌、膵臓癌、胆嚢・胆管癌、前立腺癌がそれぞ れ1.5万人程度とされている。

このうち、転移性骨腫瘍に罹患してる人数 は、全体の20〜30%程度(10〜15万人程度) とされている。

現在、私が勤務する南部医療センター・こど も医療センターにおいては、平成18年10月か ら放射線治療をスタートしているが、その約 8%程度が、転移性骨腫瘍の放射線治療となっ ている。おそらく、末期癌の患者においては、 放射線治療を受けずに死亡する例も多いと考え られ、これらを含めると、転移性骨腫瘍の罹患 率が前述したように20〜30%程度というのは 頷ける割合と思われる。

2.転移性骨腫瘍の治療について

転移性骨腫瘍の治療法は根治的な側面という よりも除痛や麻痺の予防、病的骨折の予防とい った姑息的治療の側面が強い。現在、転移性骨 腫瘍に対しての主な治療法としては、薬物療法 (NSAIDsやモルヒネ製剤による除痛、ビスフォ スフォネート製剤による骨転移の予防)、手術や 固定装具療法などの整形外科的治療、放射線治 療の3つが主だったものと考えられる。単発の骨 転移であれば、整形外科的療法が有効な場合も 多く、また、薬物療法(ビスフォスフォネート 製剤)も癌の種類によっては、かなり有効と思 われる。今回、前二者に関しては、成書に譲る こととし、放射線治療について言及する。

3.転移性骨腫瘍に対する放射線治療の目的、 適応について

1)放射線治療の目的

前述したように除痛と麻痺の予防、病的骨折 などの予防が主な目的であり、ADL(日常生活動作:Activities of Daily Living)の確保がそ の目標となる。手術と比較すると非浸襲的で、 副作用は軽微で、比較的治療が容易に行える。 しかしながら、放射線治療は全身的に効果を発 揮する薬物療法とは異なり、照射部位にのみ効 果が得られる局所療法である。よって、手術、 薬物療法、放射線治療、それぞれに長所短所が あり、それぞれの適応が存在すると思われる。

2)治療の適応

放射線治療は、どのような状態でも適応と考 えられるが、治療装置上で、少なくとも数分の 安静体位がとれることが最低必要条件と考えら れる。患者の協力が得られないような状況は適 応外とせざるを得ない。PS(performance status) は、0〜2程度が妥当と考えられ、また、 全身状態が良くても不穏があるような患者や体 動があるような患者は、放射線治療の適応外と 考えられる。よって、痛みがつよくて、安静体 位がとれない患者には、放射線治療前に鎮痛剤 や安定剤などの投与が必要となってくる。

症状との関係としては、疼痛がある場合や麻 痺のある場合が、放射線治療の適応時期と考え られる。症状がない場合は、ビスフォスフォネ ート製剤や化学療法が基本的な適応となる。

また、脊椎転移例で、脊髄圧迫があり急性麻 痺が出現した場合は、麻痺の出現後48時間以 内で不可逆になるとされているが、その場合、 整形外科的な減圧手術が第一選択であると考え られる。しかしながら、高齢者や全身状態不 良、多発転移の際には、減圧手術が適応外とな り、代替治療として放射線治療が選択される。 この場合、ステロイド剤との併用治療が行われ ることが多く、治療効果も良好とされている。

4.転移性骨腫瘍に対する放射線治療の方法、 効果、合併症について

1)放射線治療の照射範囲、照射野について

転移性骨腫瘍は、通常、局所照射が用いられ る。治療時には、正確な照射を行うため、患者 の固定が重要となってくる。

照射範囲としては、転移性骨腫瘍が存在する 部位のみを標的として治療すると、顕微鏡レベ ルの浸潤などが照射野外になるおそれがあるた め、通常、肉眼あるいは画像で認識できる領域 に3cm〜数cmのマージンを付けて治療範囲を 決定する。

実際の照射としては、脊椎であれば病巣の上 下の椎体を含み照射野を設定する。放射線治療 自体は、対向二門照射で行うことが多い。肋骨 においては、周囲に肺が存在しているので、な るべく肺への線量を減らすために、胸壁に沿っ て斜めから照射(斜入照射)を施行した方が無 難である。また、多部位にわたって転移がある 場合は、照射野を複数作成し照射野を個別に設 定する場合が多い。いずれも状況に応じた対応 となってくる。

また、副作用を考慮し、危険臓器に対する照 射線量を減らす工夫が必要となってくる。主な 危険臓器としては、腸管、脊髄、食道などがあ げられる。また、前述した肺に加えて四肢の照 射の際には、放射線皮膚炎を生じることがあ り、骨―軟部組織をすべて含めて全周性に照射 せず、少なくとも、一部は放射線が当たらない 部位を設けるのが一般的である。

2)照射線量について

転移性骨腫瘍に対しての放射線治療線量は、 (1)1回3Gy、10〜13回、総線量30〜39Gy、(2) 1回2Gy、20〜25回、総線量40〜50Gyで施行さ れることが多い。上記の使い分けとしては、長 期生存が望めず、多発する骨転移などがある場 合には上記(1)を、骨転移があっても長期生存 が望め、合併症を極力避けたい場合は、上記(2) を選択する施設が大部分である。また、PSが2 〜3程度で、予後がきわめて短いと予想される場 合においては、(3)1回4Gy、5回、総線量20Gy あるいは(4)1回5Gy、4〜5回、総線量20〜 25Gyなどの照射が用いられることもある。

上記(1)は、一般的に、癌そのものの進行 は早いが、比較的病態が安定している場合に用 いられ、癌腫としては肺癌、食道癌、膵癌など が挙げられる。上記(2)の治療法に関しては、 前述したように骨転移があったとしても、長期生存が望める場合に用いられ、癌腫としては、 乳癌、前立腺癌、腎癌、肝癌などが挙げられ る。放射線感受性の比較的高い癌腫がこの照射 方法に適していると考えられる。1 回線量を 2Gyにすることにより、合併症を減らすことも 念頭に置いた線量設定となっている。また、上 記(3)や(4)の場合は、癌腫に関係なく、末 期癌の状況で、可及的に速やかな除痛を狙った 治療であり、副作用や合併症を念頭に置く必要 がなく、1回線量を多くして放射線治療自体を 短期間に終了させることにより、患者の負担を 軽減することが目的である。

3)除痛効果や治療成績

転移性骨腫瘍における放射線治療の除痛効果 は、80〜90%の患者に得られ、完全に疼痛が 消失するCR(complete response)率は40〜 60%とされている。除痛効果の出現時期として は、照射中および照射直後〜3ヶ月程度に多く、 全体の6〜7割程度に見られ、比較的早期に除 痛効果が現れることが多い。癌腫の種類として は、放射線感受性が高いとされている乳癌や前 立腺癌の方が、肺癌よりも緩和効果が高い。ま た、腫瘤形成型の転移性骨腫瘍よりも虫食い 型、地図状型の転移の方が、治療効果が高い。

脊髄圧迫を伴う転移性骨腫瘍においては、患 者が歩行可能なうちに治療が開始できれば、約 80%程度の患者は歩行を維持できるが、治療開 始時に歩行不能であれば、治療後に歩行が可能 となる患者は10%以下であると報告されている。

除痛効果の持続時間としては、もともと癌の 末期像に行う治療であるため、治療後に早期に 死亡する患者も多く、まとまった報告は少な い。放射線治療後6〜12ヶ月の経過観察で、50 〜60%の患者に鎮痛剤が必要であったとする報 告があり、放射線治療の除痛効果の持続は、半 年〜1年程度と予想される。特に、比較的予後 の良い乳癌、前立腺癌の患者に関しては、経過 観察を行い、除痛効果が薄れてきた際には、鎮 痛剤やビスフォスフォネート製剤の投薬、放射 線治療の再照射などを行う必要がある。

4)合併症

放射線治療の有害事象は、早期障害と晩期障 害に分けられる。早期障害としては、粘膜炎、 皮膚炎、白血球減少などが挙げられる。晩期障 害としては、皮膚の色素沈着、放射線肺臓炎、 放射線腸炎や放射線膀胱炎、放射線脊髄炎が主 なものである。転移性骨腫瘍の治療は基本的に 姑息的なものであり、このような副作用をもた らさないように照射範囲や照射線量を設定して いくことが肝要である。

5)転移性骨腫瘍に対しての再照射

転移性骨腫瘍に対し放射線治療を行った後 に、同じ部位に疼痛が再度出現することは、し ばしば見られる。治療を行う標的臓器だけに限 局して放射線治療を行うことが出来れば、望ま しい限りだが、現段階では不可能に近い。標的 臓器の周囲には危険臓器があり、線量の上限が 臓器ごとに規定されている。周囲に危険臓器の 乏しい場合や危険臓器の放射線耐性が強い場合 は、既往で30〜40Gy程度の放射線治療が先行 して行われている部位に疼痛が再燃した際、 2Gy、5〜10回、総線量10〜20Gyの追加照射 を施行することは、問題ないと考えられる。同 一部位への再照射で、疼痛緩和は70%程度に 得られると報告する文献もある。

しかしながら、例えば、脊髄に関しては,治 療線量が50Gy以上になると放射線脊髄炎の可 能性が極めて高くなり、再照射が難しい。脊髄 に対しては、総線量45Gy程度を上限とし、こ れ以上の線量を同一部位に処方しない場合が多 い。前述したように、以前に放射線治療が施行 された同一脊椎に再度の疼痛が生じることは比 較的頻回に見られるが、欧米では、2Gy、10 回、総線量20Gy程度の追加照射は、予後が極 めて短く、追加照射のベネフィットが放射線性 脊髄炎のリスクを上回る場合に許容されてい る。現時点で、日本ではコンセンサスは得られ ておらず、今後このような場合の対応策が必要 と思われる。

5.まとめ

転移性骨腫瘍に対する放射線治療について概 説した。放射線治療は、転移性骨腫瘍により疼 痛が出現した際に、モルヒネ製剤や整形外科的処置などと同様に有効で確立された姑息的治療 法の一つであり、疼痛が出現した時点がその適 応時期と考えられる。しかし、PSが悪化すれ ばするほど、放射線治療そのもの自体を施行す ることが難しく、放射線治療を行っても、疼痛 コントロールが不良なことが多いのも放射線治 療医としてよく遭遇する場面である。転移性骨 腫瘍においては、治療のタイミングを見極める ことが重要と考えられ、本文がその一助となれ ば幸いである。

参考文献)
1.国立がんセンターホームぺージ
2.日本放射線専門医会・医会編:放射線治療計画ガイド ライン004、メディカル教育研究社、東京、2004
3.井上 俊彦、他:放射線治療学、南山堂、東京、2001
4.荒木 信人、他:骨転移治療ハンドブック、金原出版 株式会社、2004
5.Cox JD, et al:Radiation oncology, Mosby, St.Louis, 8th edition, 2003



著 者 紹 介

伊良波史朗

沖縄県立南部医療センター・
こども医療センター 放射線科
伊良波 史朗

生年月日:昭和41年2月28日

出身地:沖縄県 那覇市

出身大学:島根医科大学医学部 平成7年卒

略歴
 平成7年4月 琉球大学医学部放射線科入局
 平成10年4月 沖縄県立北部病院附属安田診療所
 平成11年4月 南部徳洲会病院放射線科
 平成12年4月〜 中頭病院放射線科
 平成14年4月〜 ハートライフ病院放射線科
 平成15年4月〜 沖縄県立北部病院附属安田診療所
 平成16年4月 琉球大学医学部放射線科
 平成18年7月 沖縄県立南部医療センター・こども医療センター放射線治療科

専攻・診療領域
 放射線治療

その他・趣味等
 音楽



Q U E S T I O N !

問題:次のうち、正しいものを選択せよ。

  • 全胆癌者のうち、転移性骨腫瘍の罹患率は 10%程度と推定されている。
  • 脊髄圧迫を伴う単発の転移性骨腫瘍に対す る治療法の第一選択は、放射線療法である。
  • 放射線治療による転移性骨腫瘍の除痛効果 は、80〜90%である。
  • 乳癌や前立腺癌の転移整骨腫瘍は、肺癌に よる転移性骨腫瘍よりも放射線治療による除 痛効果は高い。
  • 脊椎への照射の際は、照射野として転移巣 に上下1椎体を含めて設定するのが、一般的 である。

CORRECT ANSWER! 9月号(vol.43)の正解

問題:食道癌の治療で正しいのはどれか、2つ選べ。

  • 1)標準治療は外科的切除である
  • 2)3領域郭清の合併症発生は鏡視下手術で抑制 される
  • 3)標準的化学療法剤はブレオマイシンである
  • 4)化学放射線療法は手術と同等な根治効果がある
  • 5)Salvage手術の手術死亡率は2%以下である

正解 1)、4)