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救える命を救うために
― 今、何故北部に救急ヘリコプターが必要なのか―

小濱正博

北部地区医師会病院 小濱 正博

沖縄県では本島、宮古島、石垣島などの主な 離島では県立病院や民間病院の医師派遣による 離島医療の充実が図られようとしています。し かし、実際には本島以外の主な離島の総合病院 でも産婦人科医、小児科医や脳外科医は不足し ており、十分な医療サービスが提供できる状態 とはいえないのが現状です。これら主な離島周 辺や本島北部の離島、遠隔地では、この状況が さらに厳しいものとなります。これらの地域で は医師一人体制の診療所が中心で、場合による と人件費や予算削減から診療所が閉鎖された地 域すらあります。本島北部地区に於いては県立 北部病院の救急外傷、脳外科及び小児科部門と 北部地区医師会病院の循環器科、心臓血管外科 及び消化器科部門の充実で、これら基幹病院と 開業医、診療所との連携も進み、那覇・南部地 区に優とも劣らない環境整備が進みつつありま す。しかし、一方では産科勤務医の不在から妊 婦、新生児医療は県立中部病院や南部医療セン ター・こども医療センターに頼らざるを得ない 状況です。

では、これらの問題は診療所常勤医師の確保 や産科医、小児科医の増員で解決できるかとい うとそんな単純な問題ではありません。高騰す る医療費の背景には、その多くを占める医療収 入が追いつかない人件費の増加に関する諸問題 があります。最近、安田診療所が閉鎖されたこ とは記憶に新しいことです。産科領域では、北 部地区では平成17年4月から19年6月までの2 年3ヶ月の間に、名護消防救急隊により県立中 部病院をはじめとする中南部の産婦人科に搬送 された妊婦は176名、このうち産科転院搬送が 118名でした。間に合わないで車内出産したの が6名、自宅出産は3名でした。このように妊 婦が病院への搬送中に救急車内で出産する危険 な状況も見られているのが現状です。

正常分娩であったことと救急救命士の適切な 処置が幸いして大事にはいたりませんでした が、自分の身内がこのような医療環境で子供を 産まなければならない家族には耐えられないこ とでしょう。これらのことが示すように過疎地 域の住民の要求に応えられる医師の配置は容易 なことではありません。そして又、現場や診療 所から基幹病院までの搬送に長時間を要するこ とが問題となっています。伊平屋村、伊是名 村、伊江村は勿論のこと、国頭村、大宜味村、 東村、本部半島周辺では、本来は救える命を失 ったり、軽症の患者さんが重症になってしまう など、搬送に時間がかかるために、十分に患者 さんの管理が行えない状態で救急病院へ搬送さ れている現状があります。国頭地区の昨年の搬 送内容をみると、救急車での搬送時間は30〜 60分が508件、60分〜120分が119件あり、収 容最長所要時間は急性疾患、交通事故の外傷が ともに135分でした。さらに1回の出動での最 長距離は140kmのおよぶことがあり、この距離 は那覇と名護の高速道路を往復する距離に匹敵 します。又、やんばるには美しい比地大滝やタ ナガーグムイという渓谷がありますが、転落事 故や急性疾患の患者が発生すると密林から救助 後に救急車へ収容し、病院までの搬送する時間 はかなり長時間におよびます。これらの諸問題 を解決し、救命率や社会復帰率を上げるために は、救急ヘリコプターを用いることにより現場 へ医師と看護師を派遣して、できるだけ早期に 初期治療を開始することが重要で、かつ北部地域の救急基幹病院へ迅速に患者さんを運ぶこと ができる体制を整備することが大切です。この ために北部地区医師会病院では北部地区医師会 救急ヘリによる現場救急搬送事業(MESH: Medical Evacuation Service with Helicopter) を立ち上げました。本年6月16日から運航を開 始し、3 ヶ月半で70 件の現場救急を行いまし た。当院ヘリポートから各地域のヘリポートま での所要時間は伊平屋島15分、伊是名島10分、 伊江島5 分、辺戸岬13 分、安田13 分、東村7 分、本部、瀬底島、古宇利島、今帰仁村4 分 で、宜野座村、恩納村7 分、金武町9 分です。 この数字から今までと比較して、いかに迅速に 搬送が可能になったかを理解して頂けると思い ます。さらに前述した比地大滝付近のランデブ ーへリポートから当院のヘリポートまでは12分 で搬送できます。ということは患者を山から救 出する時間さえ短縮できればかなり迅速に病院 収容が可能になります。このためにMESHでは 患者の吊り上げ救助が可能な航空自衛隊救難隊 や海上保安庁のヘリとの救助・救命のコラボレ ーションも計画しています。過去15年の間、救 急医療の質はかなり向上しました。外傷初期治 療に対応するために救急救命士はJPTEC、医 師はJATECを習得し、内因性ショックに対応 するためにICLS、ACLS、脳蘇生に対するISLS などで研鑽を積み、初期治療に関する救急医療 レベルはかなりのレベルに達しようとしていま す。しかし、この15年ほとんど変わらないもの があります。それが搬送に要する時間です。北 部の医療過疎地と離島の患者の予後を決定する のは、初期治療を受けるまでの時間をいかに短 縮するかにかかっています。中南部のような都 市型の医療環境地域では、20分以内にはどこか の救急室へ搬入が可能でしょうが、やんばるは そういうわけにはいきません。さらに救急救命 士への気管内挿管実習も実施されず、挿管可能 な救命士もいないために、救命の機会がさらに 少なくなるのが現状です。だからこそ医師と看 護師を迅速に現場へ派遣し、初期治療が開始可 能なMESHの役割が大きなものとなります。現 場での医師による初期治療が可能となることで 救える命を救うことができると信じています。

又、現行の法規では現場救急を主な業務とす るドクターヘリの使用はできないですが、別の ヘリを使用した離島巡回診療が国と県の補助で 可能となりました。これは専門科の医師、看護 師による定期的な巡回診療を行うことで、住民 の方の異常をはやく見つけて、軽症が重症とな ることを防ぐことに目的あります。巡回診療に よる専門医の診察は、循環器、呼吸器疾患患 者、妊産婦や小児の先天性、或いは慢性疾患患 者の経過をみるのに役立ち、開業医や診療所の 先生方と相談し、異常があればいち早く基幹病 院への紹介や転送などの対応ができるようにな ります。これにより重症になって大事にいたる 患者さんを減らすことができます。医師会病院 では本年6月よりMESHを開始しましたが、こ れに付随して将来的には循環器科、心臓外科、 脳外科や産婦人科などの専門医による巡回診療 も行う予定にしています。ヘリコプターによる 巡回診療で、専門医による診療を可能とするこ とで住民皆様の普段の健康状態も知ることがで き、慢性疾患の患者さんや妊婦の重症化を予防 することが可能となります。又、もし不幸にも 重症化した場合でも専門医や救急医が現場に救 急ヘリで飛び救急処置を行いながら患者さんを 搬送する、急患搬送体制が確立されていること で、いち早い対応ができるようになります。

本来救える命を、搬送時間や距離が原因で失 わないためにも、救急ヘリコプターを使用する 急患搬送は北部地区に絶対なくてはならないも のです。

救える命を救うこと、それが我々MESHの使 命と考えています。

皆様のご家族や隣人を守るために、是非とも この事業にご協力くださりますよう心よりお願 い申し上げます。

救急ヘリの実際の業務内容

1.対象地域

1)名護市  2)伊平屋村 3)伊是名村

4)伊江村  5)本部町 6)今帰仁村

7)国頭村  8)東村  9)大宜味村

10)宜野座村 11)金武町 12)恩納村

2.ヘリ業務対応時間

1)救急搬送対応時間

 午前9時〜午後5時、但し、季節変動は あります。

2)巡回診療対応時間

 週1回、午前9時〜午後5時、但し、季節 変動はあります。

 診療場所は各地域診療所、又は地域行政 機関の指定場所とします。

3.救急ヘリ担当の診療科と医師数

救急部 常勤医師4名
       非常勤医師6名

         (昭和大学救命救急センター)

妊婦救急搬送(ヘリ内でエコ−中)

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安田小学校グラウンドへ着陸

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北部地区医師会ヘリポ−ト

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交通事故・親子2名搬送

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