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医療従事者の麻疹対策は万全か

遠藤和郎

沖縄県立中部病院内科・感染症グループ
遠藤 和郎

関東地方に始まった麻疹の流行が沖縄県にも 飛び火しそうな予感を感じます。

沖縄県では平成11年と13年に大きな麻疹の 流行を経験し、9名の乳幼児が犠牲となりまし た。この悲劇を繰り返さないために、沖縄県の 小児科医、公衆衛生関係者、自治体職員、そし て医師会、沖縄県福祉保健部が協力し「はしか “0”プロジェクト」が動き出しました1)。これ により1歳児のワクチン接種率は徐々に上昇し、 平成15年は90.7%に達しました。これらの努力 が実を結び、沖縄では近年、麻疹の流行は見ら れなくなりました。

このような沖縄での努力とは裏腹に、本州で は麻疹の大流行が発生しました。しかも今年の 流行は、今までと様相が違います。罹患者には 大学生などの青年が多く、複数の大学が臨時休 校に追い込まれました。この影響を受けて、沖 縄では輸入感染症的に麻疹患者が本州から流入 しています。平成19年1月から5月に県内で診 断された5 名中4 名は青年(17 歳、19 歳、25 歳、33歳)です。すなわち沖縄においても本州 と同様に、10歳代から30歳代は麻疹ワクチン 未接種者や抗体価の低下した世代と考えられま す。沖縄県立中部病院では研修医採用前に麻疹 抗体測定とワクチン接種を義務づけてきまし た。20歳代後半である研修医のワクチン接種前 抗体保有率は66.5%(平成14年から19年の171 名)でした。

私たち医療従事者は常に麻疹患者を受け入れ る立場にあります。我々の準備は万全でしょう か。麻疹対策は大病院だけの問題ではありませ ん。軽症の患者さんや発症初期には、かかりつ けの開業医や中小病院を受診します。今年の発 症者5名中3名は診療所やクリニックで診断がつけられています。

ここで抗体を持たない職員を抱える医療施設 に麻疹患者が受診した場合、どのような問題が 発生するでしょうか。まず、患者に密接に接触 する看護師に感染します。多少体調が悪くても 休むことの出来ない看護師は、麻疹を発症しな がらも勤務を続けるかもしれません。するとこ の看護師から、同僚の看護師へ、患者へ、そし て家族に感染を拡大させます。複数の職員が病 休すると、病院や病棟の運営に支障を来たしま す。また、接触者への感染を防ぐために、限ら れた時間の中で抗体検査、予防的ワクチン接 種、γグロブリン投与と、厄介な仕事が続きま す。さらに医療者から患者に感染させた場合、 病院は何らかの社会的責任を問われることにな るでしょう。

このような事態を回避する唯一の方法は職員 へのワクチン接種です。麻疹ワクチンは極めて 優秀なワクチンで、成人の場合は一回接種で高 い抗体価を得ることができます。しかし稀な抗 体価不足に対応するために、2回接種を勧める こともあります。

では、ワクチンはいつ接種すべきでしょう か。私は医療のプロを目指す学生時代(医学 部、看護学校や看護学部、保健学科、薬学部、 短大、専門学校など)に接種すべきと考えま す。その理由は以下の7点です2)。1)医療従事 者としての自覚、2)患者から学生への感染を防 ぐ、3)学生から患者への感染を防ぐ、4)就職 時、安全に勤務が開始出来る、5)就職先の病院 負担(ワクチンおよび抗体検査費用、時間、手 間)の軽減、6)妊娠への配慮が比較的少なくて すむ、7)国試対策。

沖縄には医学部、看護大学を始め多くの医療者 養成機関があります。若き医療従事者が感染の被 害にあわないように、これらの教育機関が一致団 結して、遅くとも病院実習前にワクチン接種を義 務づける必要があります。また、学生実習を受け 入れる医療機関は、抗体陽性あるいはワクチン接 種を受け入れ条件にするべきでしょう。

沖縄のすべての医療機関が、患者と職員にと って、安全で安心できる場になることを切望し つつ書かせていただきました。

【参考文献】
1)安次嶺馨、知念正雄.日本から麻疹がなくなる日―沖 縄県はしかゼロプロジェクト活動の記録.日本小児医 事出版社、2005東京
2)遠藤和郎.研修医に対する感染対策教育.化学療法の 領域23(6): 944-949.2007