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「わが家の水槽」

稲福徹也

琉球大学医学部附属病院地域医療部
稲福 徹也

随筆の依頼が来て何を書こうかさんざん迷い ました。書くにあたって、1)医療と違う分野 で、2)記念に残り、3)皆様に興味を持っていた だける内容にしようと考えました。この条件を 満たしているかわかりませんが…。

先日診察室で、リタイアして悠々自適にみえ る患者さんがこのようなことを言っていまし た。「先生、趣味というのはリタイアしてから 始めてもきついですよ。現役のうちに始めてお いてリタイアしたら楽しむ程度にやらなければ ね。それと、人がやっているからやるのではな く、自分が好きでやらないと趣味とはいえない ですね。」

さて、自分がリタイアしてから楽しむ趣味は なんだろうと考えました。

小学生の頃に趣味で熱帯魚を飼っていまし た。当時の私にとっては魚も水草も高価でせい ぜい魚数匹、水草1本くらいしか買えなかった ように記憶しています。飼育する技術も未熟 で、買ってしばらくすると水草は枯れてしま い、魚はいつの間にか天国へ行ってしまい、水 槽だけが残りました。

時を経て医師となり、いつかはきれいな水槽 を部屋に置きたいと思っていましたが、多忙な 毎日でなかなか実現しませんでした。ちょうど 10年前に沖縄に帰ってきたのをきっかけに念願 の60cm水槽を部屋に置きました。

その水槽も今年で10年目となり自分にしては 根気強く一度も水を絶やさず今日に至っていま す。現在「ブラックネオンテトラ」という小さ な魚が7匹、「ヤマトヌマエビ」というエビが3 匹、名もない水草が少々生えています。最初に 飼ったのがブラックネオンテトラでした。熱帯 魚としてポピュラーな「ネオンテトラ」と同じ くらいの大きさで、ネオンテトラの赤い部分が 黒、ブルーの部分が黄金色で地味な魚です。こ の魚は普段比較的おとなしいのですが、ひとた び緊急事態、例えば餌が投入されたりするとか なり俊敏な動きをします。魚はみなそうなのか も知れませんが、特にその俊敏な動きが気に入 りました。さらに良い点は丈夫なところです。 最初はいろいろな魚を入れてみましたが、どれ も3ヶ月以内に絶滅、「ブラックネオンテトラ」 のみが生き残りました。それで翌年以降はこの 魚のみ飼育するようになりました。自ら増える ことはないので魚の数は常にカプランマイヤー カーブの生存曲線を描き徐々に減っています。 しかし大雑把な観察でも3〜4年位生きている ようです。少なくとも過去1年の死者はありま せん。やはり生き物は丈夫が一番です。

なぜ「エビ」かと不思議に思う方も居られる と思いますが、エビは水草を植えている水槽に おいてとても重要な役割を果たしています。水 草の緑はほんとうに美しく疲れた目を癒してく れます。この水草を常に美しい状態に保つには 少しばかり手間がかかり、油断すると藻で覆わ れてしまいます。ガラスに付いた藻は人間の手 で取り除けますが、水草とか底の土壌についた 藻はなかなか取り除けません。ほっておくと自 然界の力関係で藻が水草を覆ってしまい光が当 たらず枯れてしまいます。そこで活躍するのが 「ヤマトヌマエビ」です。エビは人間の手が届 かない細かい藻をきれいに掃除してくれます。

最近悲しい出来事がありました。ここ数年生 い茂っていた水草が或る時から藻の勢いに負け てどんどん枯れてしまいました。当時1 匹の 「エビ」がいましたが、ここまで藻が茂るとい くら「エビ」でも食べきれないので、一度水槽 の藻をきれいに掃除して新しい水草を植えまし た。普段なら水替え後1週間位して新しい「エ ビ」を投入するのですが、水替えと同時に5匹 の「エビ」を投入したら翌日全滅してしまいま した。もともといた「エビ」も含めてです。原 因を熱帯魚店の人に聞いたりインターネットで 調べたりすると、エビはかなり水質の変化に弱いようです。10年間も「エビ」を飼っていまし たがこのような事態は初めてで、あらためて 「エビ」の弱さを知り、掃除の恐ろしさを知り ました。幸い丈夫な「ブラックネオンテトラ」 は1匹も死なずにすみましたが、心なしか元気 がなかったように思います。その後しばらく は、「藻の発生を抑制する薬剤」を投入した甲 斐もあり、「エビ」なしでも藻が生えずに水草 はすくすくと成長していました。しかし1ヶ月 もすると徐々に藻が出てきたので、これを抑え るために早めの「エビ」投入を決めました。魚 も元気を取り戻し元通りの活発な動きになって いましたので、水質も改善したものと確信し3 匹の「エビ」投入となりました。翌日に地面の 藻は全て食べつくされ、2日目に水草についた 藻もなくなり、3日目には「エビ」は水草自体 を食べ始めました。なんという食欲でしょう か。しかし「エビ」が元気でいてくれることが なによりうれしいことです。

水槽は完全な閉鎖空間であり、内部環境はそ こに生きている植物や動物(や藻)の相互作用 によって保たれています。水草が元気だと魚や エビも元気があるようだし、逆に藻で覆いつく されると魚もエビも元気がありません。妻には 「毒藻」と呼ばれていました。水槽の環境を美 しく快適に保ち、一匹の死者も出さないように することが結構楽しくて、こまめに面倒をみよ うという気を起こさせています。リタイアして からも高価な魚に手を出さなければ結構楽しめ るかも知れません。

というわけで、つまらない随筆に最後までお 付き合いくださいましてありがとうございまし た。機会があれば別の趣味についてもご紹介し たいと思います。