榕原医院 池田 祐之
ここ12年程、ヨット教室を運営している。何 故、ヨット訓練か? 海の男を育てるのが目的 ではない。子供たちが自分の能力に自信を持 ち、成長を自覚し、未知の分野を切り拓く勇気 を養うことを目指している。
子供たちにとって、海とヨットは異次元の別 世界である。堅く平たく動かない大地、日常慣 れ親しんだ言葉に比べ、常に揺れ動く水面、傾 き走る船、日常まったく使わない言葉とその意 味、それはまさに魔法と呪文の世界である。
訓練は過酷ではない。僅か数時間の訓練で技 能の進歩が自覚できる程度である。進歩が目に 見えることは興味を維持するのに大事な要素で ある。
今は何でも学校で習う、教わる時代である。 自分で覚える事が少ない。結果として指示待ち 人間が増え、責任を他人に押し付ける風潮がは やる。しかし、誰もが経験したことのない事柄 に直面した時、どう対処するのか? 誰が舵取 りの重責を担うか? 海に出ることはそうした 事態への備えである。
発端は、20年程前、ボーイスカウト活動で高 校生年代のスカウト(ベンチャースカウト、以 後VSと略称)に海を経験させたことであった。
そこでの悩みは、スカウトが毎年入れ替わる ことであった。つまり、継続性がなかった。ど の世界でも、新参者の挙止動作が板に付くまで 或る年月がかかる。海では通算12〜3日、年に 4〜5回参加として2〜3年である。昔の帆船で は、素人を水夫に仕込むのに最短2週間を要し ていた。それより短い期間では、その経験は付 け焼刃である。何らかの事情でその経験に基づ いて決断を下さねばならない時、信頼性に欠け る。この訓練の目的が海の男を育てるのではないにしても、効果を期待するにはそれなりの時 間経過が必要であった。
平成7年に或る財団から小型ディンギー・ミ ニホッパー級2隻の助成を受けた。手持ちの1隻 と合わせて3隻でヨット訓練を始めた。参加者 の増加につれて資材不足となり、手を尽くして 各地からミニホッパーを集めた。現在、9隻の ミニホッパーがあり、そのうち6隻を宜野湾港 マリーナに置かせて頂いて訓練に使用している。
発足時の訓練対象はVSであった。希望があ って小学生高学年から中学生年代のスカウト (狭義のボーイスカウト、以後BSと略称)も訓 練した。BSの方が熱心であったし、BSからVS になったスカウトは後輩をよく指導した。そこ で、訓練の対象をBSに切替え、そうしたVSを 指導助手に委任した。VSになってからヨット を始めた者は、相変わらず、例外なく、次の年 には海に来なかった。鉄は熱いうちに打つもの であった。
ボーイスカウト活動の特色に細かい技能評価 と進級制度があった。個々の技能を達成すると 技能章を取得した。技能章を取ることで進級し た。技能章には野営章、救急章、炊事章、結索 章など沢山あった。当然、ヨット章もあった。
ヨットの技能は1日では達成できない。大人 でも数日かかる。ヨット章の内容は細かく規定 されていたが、子供たちに理解できないもので あった。子供たちの行動を観察して、子供たち に判る技能区分を設定し、区分毎に小さなシン ボルを与えた。先ず、水練章を、水中、水上で 自由に安全に行動できることに対して与えた。 救命胴衣を着用して桟橋やボートから海に飛び 込み、這い上がり、転覆したヨットを引き起こ して艇に這い上がり、再帆走することであっ た。次に、艤装章で、艇のオーニングを外し、 艇を組立て、帆走状態にすることと、使用後、 これを水洗乾燥し、再び解体収納してオーニン グをかけることを評価した。帆走章は、着艇、 発艇、方向転換(タッキング、ジャイビング)、 風上航ができることを条件とした。指導章は、 こうして覚えた技能を仲間に伝えることであっ た。この4つの章を取得したスカウトにヨット 章を与えた。
ヨット章を取得するのに、VS は最短3 日、 BSは4〜6日を要した。BSは月間プログラムで ヨット訓練に参加するので、原則として月(= 年間)に4回、実績として3回、海に来た。結 果、BSは2シーズン目、時に3シーズン目でヨ ット章を獲得した。年間、12〜3人にヨット章 を与えている。
参加者は、年間100人、延べ300人あったが、 最近はこうした野外活動の参加者が減って、ボ ーイスカウト、ガールスカウト、海洋少年団あ わせて60名、延べ200人程度になっている。出 入り20人としてヨット章の取得率は6割程度で あろう。
1年程前、テレビである有名な英語教師の授 業風景を見た。テストに合格した生徒を「ティ ーチャー」に任命して同級生の指導に当たらせ ていた。ヨット教室のVSの指導助手と同じ方 法であった。ヨット仲間の高校教師から、教育 の分野で、チューターとかインストラクターと 言う手法である、と教えられた。
理屈は兎も角、子供たちの成長を見るのは楽 しい。この中から100年に1人、沖縄の未来に 向けて舵をとる人物が育つことを夢見る。
帆走風景
スロープで艇の引揚げ。滑りやすく、陸と別世界を思い知 らされる
解装。後始末が大切