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わがヘリコプター遍歴

井上徹英

浦添総合病院 井上 徹英

A-109、AS-350、BK-117、AS-365、R-44、 Bell-206L、CH-47、UH-60、AS-355、EC-135 と単語を並べて、すぐに何のことかわかる医師 は必ずしも多くないだろう。これらはヘリコプ ターの名前である。正確には同じ機種でも改良 型があるためN2、B3、C2などという言葉がつ いていてややこしい。今でこそ言葉になじんだ が、私が最初にヘリコプターを間近で見たのは スイスで、それまではヘリコプターには何の縁 もなく関心もなかった。

今を去る14年前に北九州からチューリッヒま での患者搬送に随行して会員制の民間組織であ るスイス航空救助隊(レガ)の医療用特別機に搭乗する経験を得たのだが、折角来たのだから と、レガのヘリ基地を見学し、その時に見たの がA-109、通称アグスタと呼ばれている高速性 能を誇るイタリア製のヘリであった。医療用特 別機を日本まで飛ばしてくるだけでもびっくり 仰天したものだが、レガが主とするのは実はヘ リによる医療搬送で、九州ほどの大きさの国土 になんと13の医療用ヘリ基地を擁し、それぞれ に医師が張り付き要請があれば昼間だと5分、 夜でも20分で出動するという。どこで何があっ ても15分以内に到達できるよう国土に分散して 基地が配置されている。一基地あたりの年間出 動数は600〜1,000回というから、感覚的には 救急車が空を飛ぶというだけのことで、日本で 言うドクターヘリをとっくの昔からやっている わけだ。へき地や遠隔地から患者を搬送するの にヘリが絶好の文明の利器であると気づかされ たのはその時の体験からである。

それではと帰国後に福岡のヘリ会社に依頼し て飛ばしてみたのがフランス製のAS-350とい う単発ジェットエンジンの小型ヘリであった。 いつもは1時間半かけてドクターカーで赴いて いた地に時速200kmで飛行してわずか17分で 到着。ところが、この機体は内部が狭くそのま まではストレッチャーを載せることができな い。改修には高額を要するということで恒常的 な使用は断念。

そのヘリ会社が「新しいのを購入しました」 として持ってきたのがドイツと日本で共同開発 されたBK-117という双発ジェットエンジンの 中型機である。早速に使ってみると、もともと 医療用に設計されただけあって、後部が観音開 きになってそこから患者を収容できる。通常の ヘリコプターはテールローターが低い位置でブ ンブン回っていて見るだけでぞっとするが、こ のヘリは背が届かない高い位置にテールロータ ーがあって安心感がある。ところが医療用仕様 にすれば時間あたり70万円以上の費用を要し、 どうやっても手が出ない。

改めて見てみると当時私がいた北九州市の消 防局はAS-365、通称ドーファンというフランス 製のヘリを持っている。これを使わない手はな いと難交渉の末にようやく緊急時に飛ばせるよ うになった。このヘリは双発ジェットエンジン の中型ヘリで、キャビンも広く、高速である。 テールローターがフードに覆われているフェネ ストロンタイプと呼ばれているものである。パ イロットは医療搬送にやる気まんまんで随分お 世話になったものだが、役所は手続きが煩雑で 使用が限定されてしまう。

ヘリを使うのは覚えたものの、慣れてくると もっと自由に医療に使いたくなる。ならば安い ガソリンエンジンのヘリはどうかと、アメリカ 製のロビンソンR-44という機体を持ってきても らって飛ばしたが、いかんせん、機体が小さす ぎてストレッチャーが入らない。パワーも小さ く不安要素も多々で、これも断念。

そうこうするうちに九州のヘリ会社が、スト レッチャー仕様のAS-350を使えるようにして 時間16万円で飛んでくれるという。金策を考え ているうちに沖縄に移籍することになりそれき りになってしまった。ちなみに、AS-350に双発 エンジンを装着したものがAS-355というヘリ で、医療仕様にしたものを成田から名古屋まで チャーターして患者を搬送したことがあるが、 内部構造はAS-350とほぼ同様である。

沖縄では理事長の下命でU-PITS(ユーピッ ツ)と称するヘリ搬送システムを立ち上げ、ま ず飛んでもらったのが、地元ヘリ会社所有のア メリカ製のベル206Lロングレンジャーという2 枚羽の単発ジェットエンジンのヘリである。こ のヘリをストレッチャー仕様に改修してもらっ て65回の医療搬送を実施した。ただ、地元の会 社は医療搬送の経験に乏しく、和歌山県でドク ターヘリ事業を展開している会社に契約を変更 し、まず導入したのがストレッチャー仕様の AS-350である。これで122件の医療搬送を実施 した。その間に、陸上自衛隊のCH-47、通称チ ヌークと呼ばれる前後に大きなローターのある タンデム型のヘリ、そして、UH-60、通称ブラ ックホークと呼ばれる大型ヘリに患者搬送で搭 乗経験を得た。軍用ヘリだけにものすごいパワーがあるものの、爆音もすさまじく、ダウンウ ォッシュ、つまり下に吹き付ける風も強烈で着 陸場所も限定されるため、通常の医療搬送にこ れほどの機体を使うのはあまり適当ではない。

U-PITSは日中なら電話一本ですぐに飛んで きてくれるということで、本島周囲の離島から の要請が次第に増えてきた。そこで、よりよい ものにするために本年4月から導入したのがド イツ製のEC-135というヘリである。4月は24 件、5月は20件このヘリで搬送を行った。EC- 135は双発ジェットエンジンの小型機で、もと もと医療用に設計されているため低騒音でキャ ビン後部の扉から患者を搬出入することができ 機内も広い。テールローターもフェネストロン タイプで安心感がある。日本でもドクターヘリ の機体として使用されているが、世界的に医療 用として広く使用されているため現在は生産が 需要に追いつかず、発注しても納入まで一年以 上を要すると言われており、入手できる時にと 思い切って導入を決断した。AS350だと副操縦 士席をストレッチャーが占拠するため前方座席 は操縦士のみで、後部キャビンの座席には2名 しか乗れないが、それに対してEC135ではコス トは倍以上になるものの、操縦士と副操縦士も しくは整備士が前方に着座でき、後部にはスト レッチャーの患者を含めて4人搭乗することが 可能である。医療搬送の際は操縦士以外に運航 クルーが必ず同乗するので、AS-350だと家族が 乗れなかった不便もこれで解消された。

ヘリの発進基地を読谷に構え、医師・看護師 の常駐体制をとり、機体もEC-135にしたとレ ガの友人に伝えたところ、「それならレガの息 子だ。今度見学に行く」と励ましを受けて大変 嬉しい思いがしたものである。ちなみにレガは EC-135よりややパワーの大きいEC-145、日本 ではBK-117C2と呼ばれる機体に切り替えつつ ある。レガの場合は高所を飛んだり山岳遭難者 を吊り上げたりするため高パワーの機体が必要 だからである。かといってあまり大きいと雪崩 を誘発してしまうので、機体の選定はなかなか 難しい。

色々なヘリに関わってきたため、今では何だ か「ヘリおたく」になってしまった。しかし、 目的はそんなことではなく、唯一、ヘリをもっ と有効に医療活用するシステムの整備である。 沖縄の空を米軍ヘリが我が物顔に飛び回るのを ただ見ているのは何とも悔しい。

医療用ヘリの活動を向上させるために医師会 の皆様の御理解と御支援を賜りたいと切に願っ ている次第である。