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テッポウユリからリュウキュウユリへ

伊良部勇栄

同仁病院内科 伊良部 勇栄

4月から5月にかけては、沖縄の野原では2種 類の花が咲く季節だ。私が小学生のころ、宮古 島では畑には真っ赤なグラジオラスが咲き、海 岸に行けば真っ白なユリの花が咲いていた。特 にユリの花は小生が大好きな花だ。純白の色は 素敵だし、なにより香りがよい。一株を部屋に いければ、部屋中に香りが満ち溢れる。なにも なかった小学生の頃、泡盛の3合瓶に一本いけて楽しんだものだ。

物心がついた中学生になって、ユリの名前が テッポウユリという恐ろしい名前であることを 初めて知った。もしかして、ユリの匂いを嗅ぐ ために顔を近づけると鉄砲玉が飛んできてドタ マをかちわられるのだろうか?奇妙な強迫観念 に囚われた私はユリから遠ざかるようになっ た。もしかして、ユリのような植物よりおもし ろい他のいろいろなものを覚え始めたせいかも しれない。その後、テッポウユリは小生の頭の 中ではほとんど存在しなくなった。

しかし、50歳を越えた頃からなんとなく植物 にも興味を持ち始めた。そうなってくると、幼 い頃のテッポウユリがにわかに気になり始め た。気になりはじめたらもう止まらない。しか も、パソコン−インターネットという強力な武 器があるのだ。小生の5月連休はネット三昧と なって潰れてしまった。そこではじめて、この 小さな植物が東洋と西洋を駆けまわり、多くの 人々に安らぎを与えた事を知った。そして、テ ッポウユリという非常識な名前がついた理由も わかった。

琉球からヨーロッパへ

まず、最初にわかったのはこのテッポウユリ (以下、単にユリと呼びたい。)が、かの有名な シーボルトによって、初めてオランダ−ヨーロ ッパに運ばれたという事実である。ヨーロッパ に渡った数株のユリは増やされて、高額で取引 されたという。原種に近いユリは、現在はイー スターリリーと呼ばれ、ヨーロッパ、北米で愛 され続けている。丁度、ユリの開花の時期が復 活祭(イースター)と一致すること、ユリの清 純な白さが聖母マリアのイメージとして尊重さ れ、しかも芳しい香りがあるためだという。

奇妙な名前−テッポウユリ

しかし、これではテッポウユリというおどろ おどろしい名前がついた理由はわからない。だ いいち、口の大きく開いた銃など見たことはな いではないか。まったく、不可思議な名前だ。 さらにしつこくこんどは英語でLILYを捜して みると、手掛かりがあった!USAのワシントン州で発行されているガーデニングのホームペー ジに以下の記述を見つけた。

Japanese name Teppo-yuri,meaning "blunderbuss lily"

これでBlunderbussを手掛かりにして調べて みた。Blunderbussとは散弾銃の一種で銃口が トランペットのように開いている。現在は欧米 の博物館にしかないが、先込め銃で火薬、散弾 の装填が銃口から行われた火縄銃の時代から西 部開拓時代まで多用されたという。

欧米では散弾銃による鳥撃ちは紳士−貴族の スポーツとしてひろく普及していた。そこでは blunderbussは広く用いられていたようだ。ま た、長期の航海を行う帆船時代は途中の食料と しての鳥類を捕獲するため、散弾銃は必需品で あった。すなわち、小生が推理するに、最初に ユリを見つけたヨーロッパ人は帆船の乗組員で あったと考えている。テッポウユリは琉球列島 に固有の種であり、長崎まで出回り、シーボル トの手にはいるのは難しい。当時、琉球王国は 薩摩藩の厳しい監視下にあり、ヨーロッパ人の 上陸はおろか文物の交流も禁止されていたから である。オランダ船の乗組員は人口の少ない離 島、又は無人島に上陸しテッポウユリをみつ け、"Blunderbuss lily!"と叫んだのだろう。も ちろん、その手にはBlunderbuss gunが握られ ていたであろう。

欧米から日本へ

明治時代になり、欧米の市民は高価なイース ターリリーを求めて日本にテッポウユリの球根 を持ち込んだ。テッポウユリの球根栽培は日本 の大産業となり、絹の輪出に次ぐ輸出額を記録 していたことはあまり知られていない。もちろ ん、沖縄県ではあまり作られなかったであろ う。時は琉球処分、琉球列島という地名さえ、 日本地図から抹殺した日本政府は、リュウキュ ウユリという学問的に正当な名前を抹殺しテッ ポウユリという欧米の俗称をそのまま和名とし たのだろう。さて、私の提案である。テッポウ ユリなどというおかしな名前はもう捨ててしま ってはどうだろうか。リュウキュウユリこそ正 しい名前である。マスコミの皆さんも、新聞、 テレビではリュウキュウユリと使ってほしい。 植物園でも、リュウキュウユリと、堂々と使っ てほしい。世界中で愛されるこのユリは琉球− 沖縄に生まれ世界へ旅立ったと誇らしく語ろう ではないか。