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消毒しない・ガーゼを当てない外傷の閉鎖療法

山里将仁

那覇市立病院小児外科
山里 将仁

今回はインターネットを発信源とした、“消 毒しない、ガーゼを当てない”、外傷治療“閉 鎖療法”1)を説明する。当院では2002年11月 より、この治療法を導入し、有用性を確認して いる。今回、これまで伝承的に受け継がれて来 た方法と比較し、創傷治癒・消毒について考察 すると伴に、現在行っているプロトコールを紹 介する。

症例1:11歳女児

当院某科Dr. の娘さん。2003年8月交通事故 (シートベルト)による左顔面擦過創に対して、 当時勤務していた病院で外科・皮膚科医と相 談、毎日2〜3回消毒し、軟膏を塗って、ガー ゼ交換をしていた。ガーゼの傷への癒着と、そ れを剥がすときの痛み、消毒による痛みは、娘 さんとDrを悩ませ、包交の度に出血し、その 上、完治するまで6週間かかったそうである。 皮膚には肥厚性瘢痕が残っている。(図1)

図1

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症例2:17歳男性

バイク事故で当院急病センターに搬送され た。顔面に擦過創を認める(図2)直ちに洗浄し、異物を取り除きハイドロコロイド材で被覆 した。(図3)4日目の状態で、ほぼ上皮化して いる。(図4)この間、傷が完全に閉鎖されてい るため痛みは殆どなかった。

図2

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図3

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図4

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症例3:2歳女児

保育園で転倒、机の角で左口唇から口腔内を 裂傷した。口腔内および裂創からの出血が無い ため、ただちにハイドロサイトにて被覆閉鎖し た。その後は処置による疼痛が無いため、外来では協力的であった。(図5、6、7)。創は12日 目には完治した。

症例1と2・3を比較すると、その圧倒的違い が解るだろう。しかし、なぜこれほどにも違い が出るのだろうか?これは創傷治癒のメカニズ ムを考えればすぐに理解できる。

図5

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図6

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図7

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創傷治癒のメカニズム

皮膚は人体最強のバリアーであり、その機能 を主に外胚葉性の表皮細胞が担っている。従っ て創傷治癒とは表皮の遊走・再生にある。比較 的浅い擦過創の場合は残存する毛孔や汗腺等が 表皮の供給源となり、深い欠損創では間葉系細 胞である肉芽組織の増殖の上に、周囲の表皮細 胞の遊走が必要となる。即ち、外傷創の中では 止血や、好中球や貪食細胞による細菌の処理と 同時に、治癒に向かって、細胞培養が行なわれ ているのである。その培養液が滲出液であり、 その中には多くの細胞成長因子が含まれてい る。ガーゼは創を乾燥させるために作られた素 材で、ガーゼを貼られ培養液の無くなった創面 では培養細胞は死滅し、創傷治癒が遅れるのは 当然である2)。滲出液を創内にとどめ、治癒を 促進する素材が創傷被覆剤なのである。

創傷被覆材の種類と選択

現在様々な創傷被覆材が臨床の場に提供され ている。その代表的な素材を上げると、ポリウ レタンフィルム、ハイドロコロイド材、アルギ ン酸被覆材、ポリウレタンフォーム、などであ り、創の状態により、使い分けが必要である。 特に顔面の擦過創などは、ハイドロコロイド被 覆材の良い適応であり、出血を伴う創にはアル ギン酸被覆材とポリウレタンフィルムが用いら れる。一方、滲出液の多い事が予想される場合 は、ポリウレタンフォームが有用である。

創の消毒と創感染について

現在の医療現場ではポビドンヨード製剤やク ロールヘキシジンなどの消毒薬は日常的に頻回 に使われている。しかし、その細胞毒性につい ては、殆ど知られていない。いずれの消毒薬も 強い細胞毒性を持っており、殺菌力の無い低濃 度でも、創内の線維芽細胞、内皮細胞や白血球を非特異的に障害死滅させる3)。通常、外傷部 位の創感染の起炎菌は皮膚の常在菌であり、一 般に、これらに細菌が105〜106個/g以上なけ れば感染は成立しない。しかし、創内に異物が あれば、102個/gで感染が成立する事が実験的 に証明されている4)。従って、創感染を予防す るためには、洗浄等により創内の異物を除去す る事が最も重要である。消毒では創を無菌にで きないのは明らかで、創感染も予防できず、む しろ有害である。Emergency Medicine 第6版 では“ポビドンヨード製剤やクロールヘキシジ ンは、障害されていない皮膚での細菌増殖を抑 える一方、創の中では宿主の防御機構を障害 し、細菌増殖を促進する。使用の際は、創の中 へ入れない様にすべき”との記載も見られ、創 内への消毒剤の安易な使用は、有害無益であ る。一方、創を閉鎖する事により創感染が増え るのではないかと危惧されるが、湿潤環境下で は貪食細胞の機能も亢進し、逆に創感染率は減 少するとの報告がある5)

夏井氏6)により提唱されたこの治療法は、発 表当時、従来の考え方と全く異なっていたため 様々な批判を浴びた。しかし現在では多くの施 設で取り入てられる様になった。外傷だけでは なく熱傷、褥瘡などにも応用されている。昨年 の臨床外科学会7)では、この創傷治癒の問題が 取り上げられ、閉鎖療法が痛みの無い、標準的 な治療として確立した感がある。特に小児の日 常にみられる様々な外傷(擦過創・挫創など) 治療に非常に有用で、消毒やガーゼ処置による 痛みがないため、患児とのコミュニケーション が取りやすく、同時に、創傷部位の湿潤環境を 保つことにより速やかに治癒が得られている。

外傷治療のプロトコール Moist healingの実践
皮膚欠損創のある外傷に対する閉鎖療法

擦過創・挫創の場合(創面には消毒薬は用いない)

1)異物の混入がない場合

創周囲・創内を生食または水道水で洗浄/ ガーゼで血液を拭き取る

水分をガーゼで拭き、カルスタットをあて オプサイトで被覆

オプサイトの上をガーゼで覆っても良い

2)異物の混入が見られる場合

局麻下に歯ブラシ等で創面の異物を徹底的 に洗浄・除去する

洗浄水として生食でも水道水でも良い

ガーゼで水分を拭き取り、カルスタットを あてオプサイトで被覆

オプサイトの上をガーゼで覆っても良い 皮膚欠損を伴う裂創

1)創周囲を消毒後、局麻(注意:創面には消 毒薬は用いない)

2)創部を生食や水道水で洗浄し異物を洗い流す

3)創部を縫合後、皮膚欠損部にカルスタット をあてオプサイトで被覆

単純な裂創や切創

1)創周囲を消毒後、局麻(注意:創面には消 毒薬は用いない)

2)創部を生食や水道水で洗浄し異物を洗い流す

3)創部を縫合後またはステリテープで固定後、 ガーゼをあてる

<カルスタットをあてオプサイトで被覆した場合、膿のような浸出物が出ること、
匂いがあること等を説明する
しかし、これは膿ではなく{傷を治すカクテルで ある・創傷治癒センター 塩谷先生}ことを説明 し翌日や翌々日に来院するように説明する>

翌日の包交

1)包帯・ガーゼ・オプサイト・カルトスタッ トを除去し創を水道水で洗浄する 消毒はしない

2)創の状態の観察:発赤・腫脹・疼痛・熱感 がないか必ず確認。夏場はオプサイト部位の 膿痂疹にも注意

出血のある場合:カルトスタット

浸出液が多いと予想される場合:ハイドロ サイト(AD)

浸出液が少ないと予想される場合:デュア クティブET

浸出液が非常に少ないと予想される場合: グラニュゲル(外傷では殆どない)

カルトスタットやグラニュゲルの場合は必ずオ プサイトにて被覆すること

ガーゼの場合は開放創とし、消毒は要らない ことを説明する

シャワー浴は自由とし、傷(縫合部)を濡ら していいことを説明後、抜糸の時に来院しても らう

抜糸の時期は以下の通りとする

体幹部(胸部/腹部/背部)・四肢(関節付近以外) → 7日前後

頭部 → 6〜7日

顔面 → 3〜5日(抜糸後ステリ固定する)

四肢(関節付近) → 10〜14日

頭部の裂傷で縫合されている場合:翌日より 洗髪を許可し、消毒はしない

血液の固まり等は洗浄して落とす

創は開放とする

注意:閉鎖療法をしない創

1)動物(人間)の咬創  ドレナージ(サー フロ針の外套などを入れステリテープで固定 するなどが効果的

2)明らかな感染の症状を持つ創

抗生剤投与について

1)病院の方針による(簡単な裂傷の縫合では 抗生剤はいらないと思われる)

2)猫咬傷はオーグメンチンがファーストチョイス

参考文献
1)新しい創傷治療ホームページ:http://www.woundtreatment. jp/
2)森友寿夫 他:整形外科医が知っておくべき創傷治療- 消毒を使わない閉鎖療法。整形外科 57:451−457、 2006.
3)岩沢篤郎 他:ポビドンヨード製剤使用上の留意点。 Infection control vol 11, 386-382, 2002.
4)Elek SD: Experimental staphylococcal infections in the skin of man, Ann. NY Acad. Sci, 65: 85-90, 1956.
5)Hutchinson JJ: Prevalence of wound infection under occlusive dressing ; a collective survey of reported research. Wounds:1 123-133. 1989.
6)夏井 睦:新しい創傷治療 医学書店、東京、2003.
7)第68 回日本臨床外科学会総会:日臨外会誌、広島 2006.