常任理事 大山 朝賢
はじめに
沖縄県では県立北部病院、八重山病院等で産 婦人科の診療が行われなくなり、また県立中部 病院では耳鼻科の医師が不幸にも過労死するな どして医師不足がにわかにクローズアップして きた。このような現象は本県にとどまらず他府 県でもおこり、厚労省は「医師需給に関する検 討委員会」を立ち上げ対応している。医師確保 に関し日本医師会も地域医療対策委員会を平成 18年8月新設して、第1回委員会を開いた。同 年10月には医師確保に対し独自の見解を公表 し医師不足の是正に努力している。
本論では医師需給に関するこれまでの経緯や、 わが国の医師数と諸外国との対比、女性医師数 のわが国でしめる割合などについて報告する。
厚労省は昭和45年、「最小限必要な医師数を 人口10万人対医師数150人とし昭和60年を目 途に満たそうとすれば、当面ここ4〜5 年の間に医科大学の入学定員を1,700人 程度増加させ、約6,000人に引き上げる 必要がある」との見解を明らかにした。 昭和48年には無医大県解消構想が打ち 出され、10年後の昭和58年には人口10 万人対医師150 人の目標を達成してい る。昭和61年、厚労省は医科大学の入 学定員をこのままにしていくと医師過剰 になるとの懸念から、昭和70年を目途 に医師の新規参入を最小限10%削減す る必要があるとの見解を示した。国公 立大学医学部の努力により、平成10年 には医学部入学定員は7,705人(昭和61年からの削減率7.8%)となった。その後全体 としての医師数は徐々に増加、平成16年の医 師数は27万を超え人口10万人対医師数は212 人となっている1)。
しかしながら医師数の増加とは裏腹に、僻地 や地域によっては小児科・産婦人科といった診 療科で医師が不足し社会的問題となってきた。 そこで国は厚労省、文科省、総務省の三省合同 による「地域医療に関する関係省庁連絡会議」 を平成15年11月に設置し対策を練った。平成 16年4月、新臨床研修制度がはじまると医師不 足はさらに深刻さを増してきたことから、関係 省庁連絡会議は「医師確保総合対策」を緊急策 として打ち出した(平成17年8月)。即ち、医 療対策協議会の制度化、医学部定員の地域枠の 拡大、僻地医療等に対する支援の強化、女性医 師バンク事業の創設や就労環境の整備等を謳っ たもので、平成18年度の医療制度改革案とし て国会へ提出された。さらに平成18年8月、地域間、診療所間、あるいは病院・診療所間にお ける医師の偏在問題に取り組むための「新医師 確保総合対策」をとりまとめた。その対策は短 期的および長期的対応に分けられ、とりわけ短 期的対応については平成19年度予算の概算要 求への案件となっている。長期的対応としては 地域枠のさらなる拡大や医師不足の深刻な県に 対し暫定的定員増を謳っている。青森、岩手、 秋田県等10県に対しては現在の医学部入学定 員に最大10人を最長10年間増員を認める等の 案件を国に提出している。ちなみに札幌医科大 学は入学定員100人に対し、平成9年度から地 域枠募集人員を20人としているのに対し、弘前 大学は平成18年度から地域枠を20人としてい る。自治医科大学も現定員100人に最大10人を 最長10年間増員の予定である(表1、図1)。
表1
図1
公立の病院や診療所の医師がなんらかの理由 でやめると、その代わりの医師を得ようとする と以前に比べてかなり厳しくなってきている。 特に産科や小児科になると医師が見つからず、その診療科を閉鎖すると ころが出てきた。本県で も他府県でもこのような 現象は生じている。
1)医師の偏在化
宮古や石垣といった本 島以外の地域では、本島 と比較して明らかに医師 数は少ない。県内の人口 10 万人当たりの従事医 師数を比較すると、本県 南部と宮古では235.2人 対149.7人で南部が1.6倍 多い。全国でもその傾向 が強く、日本の中心であ る東京では区中央部と西 多摩をみると人口10 万 人当たり従事医師数は 1,190.6人対123.6人の医師で格差9.6倍あり、 ジャパン ワースト ワンである(表2)。
表2
2)日本の医師数と諸外国の比較
厚労省の報告によれば我が国の総医師数は27 万(270,371)人で、医療施設に従事する医師 は25.7万人である。我が国の統計は人口10万 人対医師数でだされているが、外国は人口千人 当たりの統計表示のため、百で割った我が国の 医師数を提示し比較してみた。平成2年(1990 年)の我が国の医師数1.7人に対し、米国2.4 人、英国1.4人、仏国2.6人、デンマーク3.1人、 独国3.1人等であった。平成16年の報告では我が国が2.0人と増加したのに対し米国5.5人、英 国1.7人、仏国3.3人、デンマーク3.7人、独国 3.6人と諸外国も医師数は増加している。とり わけ米国の医師数の増加が著しい(図2)。厚労 省はまた我が国の将来の医師数も予測してお り、平成47年の医療施設に従事する医師数は 2.85人となっている。現在(平成16年)から 31年後の我が国の予想医師数は、現在の仏国 や独国の医師数には達していない(図3)
図2
図3
3)女性医師の割合
我が国の女性医師数は44,628人で、全医師数 の16.5パーセントを占める(平成16年)。医師 国家試験の合格者の男女比を見ると女性は平成 11年の合格者が29.7%を占めて以来毎年30% 以上の合格者をだし、しかも合格者は徐々に増 加している(図4、図5)。診療科別に男女別の 医師の割合を見ると、女性医師が最も多く専攻するのは皮膚科ついで眼科、小児科、麻酔科、 婦人科、産婦人科の順である(図6)。公立病院 の医師不足でクローズアップしてきた小児科は 31.5%が女性、婦人科は25.1%、産婦人科は 21.7%、産科は21.1%を女性医師が占めてい る。これらの数字の羅列を見ると女性医師が小児科や産婦人科を専攻するのはたかだか2〜3割 にしか見えない。しかし神谷先生2)によると、 沖縄県では医師の卒業年度が新しくなるにつれ 産婦人科を専攻する医師は女性が多くなってい る。ちなみに平成11年から平成15年の間に卒 業し、産婦人科を専攻した医師は19人であった が17人(89.5%)が女性であった(表3)。
図4
図5
図6
表3
昨今の医師不足の原因として、幾つかのファ クターが挙げられよう。最も大きなものは永年 の国の医療費抑制策であろう。医師の偏在化、 医療訴訟の増加、患者さんの公立病院への集中 化等もかなり影響していると思うが、女性医師 の増加も看過できない。厚労省は昭和45 年、 最小限必要な医師数を人口10万人対医師数150 人を目標に医科大学や医学部の増設を図った。 昭和48年には老人医療の無料化も打ち出して おり、当時の厚労省はかなり余裕を持って政策 を展開できたと思う。昭和58年には目標の人口 10万人対医師数150人に達している。医師の増 加によって医療技術は向上し、また病院や診療 所が増加したことは国民にとって容易に施設が 選択できかつ安心して医療が受けられるように なった。これらの社会環境はすばらしいことで はあったが、国民総医療費は昭和45年には年 間3兆円足らずであったものが昭和60年にはそ の数倍に増加していった。そこで国は医療費を 抑えるためには新規参入の医師を最小限必要数 にしたいため、昭和61年には当時の医科大学や 医学部の入学定員を10%削減する方向を打ち 出した。平成10年には医学部入学定員は7,705 人となったが、医師は徐々に増加していった。 しかし増加したといっても先進国との国際比較 (人口千人あたりの医師数)では、わが国の医 師数2.0人は英国の1.7人より若干多いものの、 3.0人以上の仏国・独国・デンマーク等の国々 には遠くおよばない。しかも平成47年の予想医 師数2.9人は前記3国の、現在の医師数にも達し ていない。
国は医師の偏在化だけでもその改善には時間 がかかるとして、現在の医師不足を医学部の入 学定員の増加で解決しようとしている。新医師 確保対策では青森、岩手、秋田、山形県等10 県と自治医大に対しこの10年で1,100人程度の 定員の増加となっている。しかし女性医師に対 して国はドクターバンクを立ち上げたものの就 労環境の整備は立ち後れているし、公立病院に 対する患者さんの集中化の改善、訴訟の増加に 対する対策、分娩時の無過失責任の補償など問 題は山積している。従来の増加する医師に対し 1,100人の新規参入の医師を新たに増やすだけ では医師不足は解決しそうもない。日本医師会 は今以上に国に歩み寄り、医師不足に対し是は 是とし非は非とし、医師会員に十分な説明と理 解を得ながら積極的に改善策を提言していくべ き時期に来ているのではなかろうか。
本論は去った3月17日、大分県医師会主催の 九州ブロック日医代議員連絡会議で、日本医師 会地域医療対策委員会の活動状況を報告した一 部である。
文献
1)日本医師会地域医療対策委員会中間報告書「医師確保
に関する喫緊の対応」
沖縄県医師会報 43(5):41〜49、2007
2)神谷 仁:南部地区医師会理事
沖縄県の産婦人科医事情
南部地区医師会報 216(10):2〜3、2006