沖縄県医師会 > 沖縄県医師会の活動 > 医師会報 > 6月号

ある外科医の憂い

長嶺信治

那覇西クリニック 長嶺 信治

今回〈若手コーナー〉への寄稿依頼があり、 ふたつ返事でいいですよと返答してしまった が、今になって少し後悔している。正直若手医 師に明るい未来を提案できない自分が居るから である。他の診療科に関しては十分把握してい ないので、私が専門としている外科に関して今 までの経験と、現状と希望を書かせていただき たいと思う。

私が外科医を目指したきっかけは非常に単純 な動機であった。自分の技術を駆使して病める 方に貢献したい、ブラックジャックへの憧れの ようなものであった。それならばやはり花形の 心臓外科医になりたいと思い医局に入局したの であるが、現実は厳しいという事にすぐ直面し た。十年以上の経験をもつ先輩医師がほとんど 術後管理にのみ日々追われている姿を目にした からである。今の研修医のように2年間の臨床 経験を積んでから自分の道を決めるというシス テムではなかったので、医局の現状を十分把握 していなかったのである。

外科医はやはり自分の腕を磨き経験しなけれ ばならないと考えていたので、すぐに方向転換 をする事が出来た。幸い先代の教授の尽力によ り、多くの関連病院に派遣させていただいたの で、忙しいが、色々な経験を積む事ができた。 救急外来、手術、術後管理、麻酔等、教科書に は書いていない、書く事が出来ない事をいろい ろ体験させていただいた。術前に若輩の身であ る私に体を託して下さった患者さんや家族の思 いを感じ、何度も頭の中で手術の手順を反復す る。もちろん手術は全て予定したようにはいか ないのが常であるが、何とかうまく終了した後 の充実感はやはり外科医でないと分からないの ではないかと思う。今でも外科医を続けている のは、他の人には経験出来ないことをしている という充実感ではないか。しかし、術後の経過 も必ずしもうまくいくとは限らず、少なからず 合併症も経験する。その時によく患者さんの訴 えを聞き、十分観察しなさいと教えられ、自分 なりに実践してきたが、それが今の自分の宝に なっている事はいうまでもない。医局の諸事情 によって1 年から2 年間で関連病院に移動し、 そこで研修を積んできたが、現在の医療情勢、 医療経済はやはり厳しく、それぞれの病院で生 き残りをかけて必死に努力をしている。もちろ んその矢面に立たされるのが私たち医師である が、時には外科とは関係のない仕事までやらな ければならない。なんともやりきれない気持ち で取りくんでいたのであるが、今になって案外 役に立っている事が多い。それぞれの病院に良 い面と、改善すべき面が同居するが、それを垣 間見えた事は、今になって自分がいかに振舞う べきかを決める時にかなり役に立っている。

30歳半ばを過ぎ、ある程度の事が出来るよう になってくると、今後いかにして生きていくべ きかを考える。何を専門とすべきか、どこで修 行するべきか、これは若い医師が必ず通る道な のではないか。医局を辞して他で研鑽を積もう かと考えていた折に、一緒に仕事をしてみない かと声をかけていただいた。医局の関連施設で はなく、周りからも賛否両論があったが、それ が今の職場である。人との出会いは本当に不思 議なもので、一期一会の精神を忘れずに日々過 ごしていきたいと感じる毎日である。

先日、日本外科学会に参加したが、会長講演 でも「外科医の地位向上に向けて」が大きなテ ーマであった。現在産婦人科、小児科の減少が 叫ばれ行政もようやく重い腰を上げはじめてい るが、昨今の医療費抑制政策によって10年後 にはこのままでいけば外科医志望が0になると 報告されていた。これは極端な話しではある が、一概に否定できないところもある。減少の 理由として労働時間が長い、時間外勤務が多 い、医療事故のリスクが高い、訴訟のリスクが 高い、賃金が少ないがそれぞれ70%に達してい た。また、自分の仕事に満足かとの質問に対し ては50%以上が満足と答え、ただし後輩には勧 めないが30%近くに達していた。つまり面白い が昨今の現状を踏まえると大変であるので後輩 には勧めないとの意見である。外科医自体、そ もそも自分自身がある程度満足出来ていればそ れでよし、とするところが多く、現状に対して 我慢してきた事がこのような状況を招いている のではないか。若い医師は昨今の医療情勢に十 分な情報を持っているし、医局という大樹にも 頼れない。ある意味私たちの時代よりも将来の 医療に対して敏感で真剣に考えているかもしれ ない。このような状況下で外科医を志望する人 が増えるとはやはり思えない。今後このような 状況を変え、多くの若手医師に志望されるよう に外科医一人一人が言うべき事は云い、訴える べき事は訴えていかねばならないのではないか と痛感した。

臨床医としてメスを置く時に、自分がやって きた事に対して自分自身が納得できるように 日々研鑽を積み、真摯に自分の与えられた事に 対処していきたいと思う。努力し、がんばった 人が報われ、さらに小児科や外科系を希望する 若い医師が増えてくれる世の中になるように、 と決意を新たにし、私の寄稿とさせていただき たい。