理事 野原 薫
平成18年度学校医講習会が、2月24日(土) に日本医師会館大講堂で開催されました。詳細 は日本医師会雑誌に報告されますので、ここで は簡単に報告いたします。プログラムは下記の 通りです。内田健夫常任理事の司会で開会し、 唐澤人会長の挨拶、植松治雄日本学校保健会 会長(代読内藤昭三専務理事)の来賓挨拶の 後、4題の講演が行われました。
講演1は文部科学省スポーツ・青少年局学校 健康教育課専門官の岡田就将先生で、「最近の 学校健康教育行政の課題について」と題して講 演されました。平成18年度学校保健統計調査結 果速報については、肥満傾向児はここ10年間は 緩やかに増加し、10%前後、気管支喘息児は増 加傾向で3%前後となっている。学校の定期健 康診断についてはプライバシー保護に務めるこ と、また、肥満の測定法がローレル指数から肥 満度へ変わり、標準体重の120%超を肥満とす る。学校の伝染病対策については新型インフル エンザは第1種感染症へ変わり、また結核検診 を見直す可能性がある。個別の課題については 心の健康づくりを推進すること。学校・地域保 健連絡推進事業については専門医(精神科、産 婦人科、整形外科、皮膚科等)の必要性を述べ た。今後の学校保健は身体中心から精神・心へ と変わり、生活習慣病も重要となり、同時に根 拠に基づく対応の必要性を強調された。
講演2は東京大学大学院教育学研究科の衛藤 隆先生で、「健康教育の最近の動向――海外で 進む健康促進学校の理念と実践」と題して講演 されました。ヘルスプロモーション(健康促 進)学校の概念を述べ、健康教育は従来の疾病 指向から健康指向へ変化していると述べられ た。また、イギリス、香港、タイなどの世界の ヘルスプロモーション学校の状況についても述 べられた。
講演3は山口県精神保健福祉センター所長の 川野通英先生で、「学校危機管理と心のケア」 と題して講演されました。学校における事故・ 事件に対応する学校危機対応システムには教育 委員会主導型、臨床心理士主導型、外部独立主 導型があり、山口県では外部独立主導型で医 師、臨床心理士、精神保健福祉士、保健師、看 護師等6 〜20名前後からなるCRT(クライシ ス・レスポンス・チーム)を結成した。CRTは 中規模レベル以上の学校危機で出動し、最大3 日間のみ、アフターケアなしで、校長へのアド バイス、一般教職員へのアドバイス、保護者 会、遺族、葬儀への関わり、子どもと保護者の 個別ケア、マスコミ対応サポートなどを行い、 年に数回の出動実績を報告された。学校医には 直後の応急処置や保健室への支援、搬送医療機 関との調整、その後は身体の症状への処置、ア ドバイス、精神科への紹介など、さらに平時か ら急性ストレス反応のケアについての啓発を期 待していることを述べられた。
講演4は東洋英和女学院大学人間科学部教授 の山田和夫先生で、「青少年のうつ病と社会不 安障害」と題して講演されました。まず、いじ め自殺はなく、うつ病になるため自殺してしま うことを述べ、最近の子どもの13%がうつ病予 備軍、1〜4%に発病しているとの報告がある と紹介された。高校生のうつ病も急増してお り、現代の青少年は挫折、いじめ、ストレスに 弱く、うつ病になりやすく、挫折うつ病と名付 けられた。この時期のうつ病の症状として朝起きれない、倦怠感、億劫さ、興味・関心の減 退、日内変動は成人同様であるが、食欲は比較 的保たれていることが成人と異なっており、ま た、抗うつ剤(SNRI 、SSRI)によく反応し、 3,4ヶ月で改善することが多いと述べられまし た。上がり症(社会不安障害)問題では、日本 人の半数は上がり症で、就職などの面接で失 敗、NEET、引きこもりに発展すること、ひき こもりの多くは社会不安障害に回避性パーソナ リティー障害も加わっていると述べ、上がり症 も抗うつ剤(SSRI)の服用で完治することを述 べられた。
講演の後、内田健夫常任理事の閉会で終了と なりました。
今回の講習会では、山田和夫先生のうつ病の 講演が印象的で、「いじめは無くならないが、う つ病を発見し治療すればいじめ自殺はなくな る!」ことや思春期妄想症による自殺でいじめと 間違われた事例など、大いに勉強になりました。
この学校医講習会は日本学校保健・学校医大 会と比べて内容がコンパクトで充実しており、 時間に追われている我々開業医(多くの学校 医)にとっては大いに役に立つと思われまし た。ただ、インフルエンザ流行期の2月下旬の 土曜日に開催されることには疑問で、将来、開 催時期を検討して欲しいと思いました。
平成18年度学校医講習会プログラム
開催日:平成19年2月24日(土)
時 間 |
講 習 内 容 |
10:00〜10:10 10:10〜10:40 10:40〜11:40 |
開 会:内田 健夫(日本医師会常任理事) 挨 拶:唐澤 人(日本医師会会長) 来賓挨拶:植松 治雄(日本学校保健会会長) 1. 講演 座長:内田 健夫(日本医師会常任理事) 「最近の学校健康教育行政の課題について」 岡田 就将(文部科学省スポーツ・青少年局学校健康教育課専門官) 2. 講演 座長:内田 健夫(日本医師会常任理事) 「健康教育の最近の動向−海外で進む健康促進学校の理念と実践−」 衞藤 隆(東京大学大学院教育学研究科総合教育科学 専攻身体教育学コース健康教育学分野教授) |
11:40〜12:40 | 休憩(昼食) |
12:40〜13:40 13:40〜13:50 13:50〜14:50 14:50 |
3. 講演 座長:井藤 尚之(日本医師会学校保健委員会副委員長) 「学校危機管理と心のケア」 河野 通英(山口県精神保健福祉センター所長) 休憩 4. 講演 座長:佐藤 泰司(日本医師会学校保健委員会副委員長) 「青少年のうつ病と社会不安障害」 山田 和夫(東洋英和女学院大学人間科学部教授) 閉 会:内田 健夫(日本医師会常任理事) |
印象記
今帰仁診療所 石川 清和
学校の現場では喫煙、不登校、多動障害などの行動障害、朝食の欠食を含めた食事の問題、自 殺など多くの問題を抱えている。学校保健医としての12年間の活動を反省し、今後どのように取 り組むべきか再考するために参加した。
CRTについて
CRTとはCrisis response team のことで、小中高校で事件・事故が発生し多くの子供達に心 的外傷が発生しかねないときに駆けつける心のレスキュー隊である。北部地区で起こった事件と して中学生連れ去り殺人事件、小学生集団事故死、突然死、自殺などがある。教育現場でこの様 な事件が起きると子供達の精神的動揺、教師・親は不安に陥り、さらに多くのマスコミの取材合 戦で二次被害をもたらし学校現場は混乱する。このようなときに駆けつけ、マスコミへの対応や 子供達の心のケアを行うのがCRTである。県毎のCRTの結成が進んでおり沖縄でも是非設置して 欲しい機関である。(詳しくは山口県のCRTのホームページを)
青少年のうつ病と社会不安障害について
2005年の北海道の小中生3,000人の調査で13%にうつ病のリスクを有し小学生の1.6%、中学生 の4.6%がうつ病を発病していると報告されている。やる気がない、それまで楽しんでやっていた ことに興味を失う、体がだるい、めまい、頭痛などを訴え、朝はつらいが午後からは元気になる (日内変動のある)等の身体症状を訴える子供たちにはうつ病に罹っているケースがあり、抗うつ 病薬を投与すると改善する。うつ病があるといじめなどをきっかけに自殺したり、あるいはいじ めがきっかけになりうつ病になり、自殺に走ることもある。
社会不安障害
上がり症が原因で面接に失敗したり、異性と交際できない等で引きこもりになってしまうこと がある。男性に多いが確実に増加している。上がり症は坑うつ剤のFluvoxamineで治療できる。 日本人の46%は上がり症だが、その内の13%は日常生活に支障が出ている。引きこもりになる前 に、中高生の時に上がり症を治しておくのが引きこもりを予防するためにも必要である。中高年 管理職の上がり症(人前で話をするのが苦手という方)にもFluvoxamineは効果がある。
今回はテーマになかった肥満、生活習慣病予備軍の増加、アレルギー疾患、多動児、学習障害 児の増加、かっとなって殺人などを犯す衝動的行動など、子供たちの問題にはいろんな要因が重 なっていると考えられる
1.食事の問題 NHKスペシャル「それでも、好きなものだけ食べさせますか」を編集した本を 読むと子供たちの食事の偏りが見えてくる。これは取り上げられた学校だけでなく、日本中の 子供たちの実像だと考えられる。孤食から自分の好きなものだけ食べるようになることが多い。 子供たちの健康を願う親でさえ、偏った食事が問題あると分かっていても好きなものだけ食べ させているケースもある。成長盛りの子供たちに3大栄養素の偏り、ビタミン、ミネラルの不足 があると正常に発達しなくなるのは当然ではないだろうか?近年「成人病胎児期発病説:Fetal origins of adult disease FOAD」が唱えられ食習慣に問題のある若い世代の出産がさらに子供達の生活習慣病の増加に拍車をかけているとする学説もある。
2.「食品の裏側」を書いた阿部司氏によると日本人は、年間に4〜5kgの食品添加物を摂取してい るという。安い、きれい、はやい、長持ちする、美味しい(味が濃い)を消費者が求めたため に、私たちは添加物にまみれた食品をとり子供達でさえ、年間4〜5Kg(それ以上?)とってい るのである。果糖が大量に入った飲み物を飲めば興奮状態になり(ディーゼル車にガソリンを 入れるようなもの)、燃料が切れる(血糖が下がる)とおとなしくなる。砂糖の摂取過剰は成績 の悪さ、情緒不安定、過活動等を引き起こすという報告もある。また、阿部先生によるとコン ビニの残飯ばかりをあげた25頭の豚は殆どが死産したという。
私たちは早急に自分や子供達の食事・食品を見直す必要がある。
3.小中高生は1〜2ヶ月という短期間(数回)の喫煙で習慣性になる事がある。ニコチンパッチに よる治療では4〜5枚で習慣性から離脱できるが、再喫煙することが多く、家庭・学校・社会全 体で取り組む必要がある。高校生の喫煙経験率は男子40%、女子20%といわれ早急な取り組み が必要である。
今回の講習はわずか4時間で多くの問題を抱える校医としては物足りないものであった。殺人、 学級崩壊、喫煙、深夜徘徊、引きこもりなど現代社会の抱える多くの問題は子供達の教育を含め、 社会全体で考えなければ解決できない。子供達の健全な成長を目指して私たち医師も、専門家と しての立場から共育していかなければならないと思う。
印象記
まちだ小児科 町田 孝
2月24日、日本医師会の主催する学校医講習会を受講する機会を得ました。
一番印象深かったのは、産科医療と小児医療の危機について多くのデータが示された事です。 特に産婦人科医の減少や高齢化、お産を扱う施設の減少などはよく耳にしていたのですが、ここ 数年のデータを見せられると「安心して子どもを産む事ができない世の中」が訪れつつある事を 強く実感させられました。
山口県精神保健福祉センター所長の河野通英先生「学校危機管理と心のケア」という話も非常 に興味深く聞きました。「CRT:crisis responce team」というのは学校を舞台とした事件、事故 などの際に緊急に学校現場に出向き、教職員のサポートやマスコミへの対応などを行う危機対応 システムとの事ですが、その中でも外部独立チームというスタイルを持つ山口県の紹介でした。心 に大きなトラウマを残すような重大事件はいつどこで起きてもおかしくありませんが、その時に 迅速に対応できるよう専門家集団がスタンバイしているということでした。