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医療安全週間(11/19〜11/25)に因んで

上原元

沖縄県立中部病院 医療部長  上原 元

今年の4月に当院の医療安全管理委員会の責 任者に任ぜられた。どうすればよいかと思って いたところ、国立保健医療科学院に「医療安全 リーダーシップ研修」のプログラムがあるのを 知り、早速研修を受けてきた。印象に残ったと ころをお伝えしたい。

1.医療制度改革における医療安全対策

米国では、入院患者の2.9〜3.7%に医療事故 がおき、うち44,000〜98,000人が死亡してい る(1997年)。これは交通事故の死亡者 (43,458人)より多い数であった。日本でも、 入院患者の6.3%に医療事故がおこった(2003 年)という報告があり、決して米国より少ない わけではなく、深刻な事態となってきている。 このような中、今年(平成18年)、医療法が改 正され、病院、診療所、助産院を問わず、医療 機関の管理者に、医療安全の確保が義務づけら れることになった。これにより、医療安全対策 が法律的に強化されることになった。また、研 修を受けた専従の医療安全管理者を配置するこ とにより、50点の医療安全加算が新設された。

2.医療安全対策の骨組み

医療安全対策を組織立てて行うには、まず院 内に医療安全管理部門を設置して、下記のよう な医療安全対策をたてる必要がある。

(1)事実の把握対策(インシデントレポート、事故報告、苦情報告など)

(2)事故予防対策

(3)事故発生時対策(事故発生後の患者・医療従事者・組織の損傷・損害をできるだけ少なくする)

(4)事故関連紛争対策

(5)安全文化の教育・醸成

3.根本原因分析法(RCA)

インシデント報告や事故報告をいくら集めて もそれが事故の防止に役立たなければ意味がな い。根本原因分析法(Root Cause Analysis) は、事故の直接原因のみならず、システムやプ ロセスに焦点をあてて、真の事故原因を究明 し、改善へと導く方法である。「なぜなぜ分析 法」ともいわれている。( J C A H O : J o i n t Commission of Healthcare Organization:米 国医療施設合同評価機構)が医療における警鐘 的事例に関する分析方法として推奨している。

RCAの実際:4ステップ法

当該事象に対してRCAをすると決定したら、 分析チームを編成し、以下のように行う。

1)事象をいくつかの事実関係(項目)に分け、 各項目をカードに記入し、時系列で並べて、 出来事流れ図を作成する。

2)各項目で、疑問点があれば、なぜ?と考え、 その原因を記入する。疑問点が出なくなるま で、なぜ?なぜ?なぜ?を繰り返す。三回以 上のなぜ?を繰り返したほうがよいといわれ ている。最後に出現した原因が、根本原因で ある可能性がある。

3)根本原因を抽出し、事象との因果関係を図示 する(因果図作成)

4)対策を立案する。

4.裁判外紛争解決(ADR)

今回の研修で最も興味を惹かれたのは、裁判 外紛争解決(ADR)が実際に動き出したことである。医療訴訟は年々増加し、平成16 年は 1,000件を超えた。医療事故がおこると、遺族 の思いは、「真実を知りたい」、「それがなぜおこ ったのか原因を知りたい」、「誠意ある謝罪をし てほしい」、「二度とおこらないように再発防止 策をとってほしい」、「補償と心のケアを受けた い」の五つに集約される。一方、医療従事者側 の思いは、「真実を知りたい」、「なぜおこったか 原因を究明したい」、「遺族に対して申し訳ない 気持ちがある」、「再発を防止したい」、「過失が なくても、遺族に補償してあげたい」に集約さ れる。つまり、両者は対立しているようにみえ るが、実は、思いはほとんど同じなのである。 ところが、現在の裁判は対立構造であり、賠償 や刑罰で終了し、謝罪や原因究明、再発防止が されることはない。つまり、裁判をいくら行っ ても双方が満たされることはなく、裁判で医療 事故を教訓に予防策を役立てようとするには限 界がある。そこで考えられたのが、裁判外紛争 解決(ADR:Alternative代替的、裁判外 Dispute紛争、Resolution解決)である。これ は、医療事故がおこった時、裁判に持ち込むの ではなくて、中立的な第三者機関を作り、そこ でいろいろの評価・調整を行うものである。そ の機関には中立的な、臨床医、病理医、法医学 者をおいて、事実関係を調べ、解剖を行い、客 観的な評価をする。その結果を患者側、医療者 側に報告するというものである。これにより、 第三者の立場から客観的な事故の原因究明がで き、再発防止にも役立てることができる。昨年 から、実際に、東京などでモデル事業として行 われている。ただ、日本全国どこでもこれがで きるというわけではなく、また、遺族への補償 はどうするのか、この結果を裁判で使用してよ いのか等、解決しなければならない課題は残さ れているが、対立的で生産性のない裁判よりは、 はるかに有機的な解決法として、期待される。

以上、医療安全の推進に多少なりともお役に立 てば幸いである。