那覇市立病院小児科 伊波 徹
あれは忘れもしない昨年の6月10日夜11時過 ぎのことだった。竿先の鈴が“チリン”となっ た。前アタリ(魚がエサを触っていること)だ。 それから15分後、突然竿先が海に突っ込むほど に曲がった。“来た〜”私は竿を手に取り、竿 を立てる。鈴の音がけたたましい。ともすれば 海に引き込まれそうになるほどの強力な引き。 今までかつて経験したことのない引きだ。糸の 強さ、竿とリールの性能を信じ、強引にリール を巻いていく。鼓動の高まりを感じつつ、興奮 のボルテージは一気に最高潮へ。10分ほどのや りとりの後、奴は姿を現した。強引に奴を海か ら陸地へゴボウ抜く。タマンだ。気がつくと両 腕、両足の筋肉痛、全身の虚脱感でその場にし ゃがみ込んでいた。しばらくして呼吸が落ち着 き、あらためて釣り上げたタマンを見た。デカ イ!(後の計測で64cm、3.7kg)狙った獲物を 手にした満足感がじわじわと湧いてきた。これ が私にとって初めて釣り上げた大型タマンだっ た。以来私はタマン釣りの魅力に取り憑かれてしまった。
和名「ハマフエフキダイ」方言名で「タマ ン」と呼ばれるこの魚はスズキ目フエフキダイ 科に属する。沖縄では県魚の「グルクン」と並 ぶポピュラーな魚と知られ、糸満市では市魚と なっているほどである。沖縄近海に多く生息 し、最大で80cmほどにもなり、釣り対象魚と しては大型の部類に入る。夜行性で非常に光に 神経質なため基本的には夜釣りで狙う。タマン の魅力と言えばなんと言っても引きの強さであ る。“磯のスプリンター”と言われるほどで一 気にダッシュするその引きは強烈である。それ に加え美味な白身も持つ。まさに“釣って良 し、食して良し”の魚であり、とても人気の高 い磯釣り対象魚なのだ。
現在、私は『H研究会』というタマン釣りの 愛好会に所属している。この会は会員総勢40名 ほどで、職業も様々で釣り歴30年以上のベテラ ンから私のようなビギナーまでタマン釣りに魅 せられた人々の集まりだ。月1回、会員の親睦 も深めながら、いかにして釣果を上げるか勉強 会を開いている。この会に集まる人々のタマン 釣りに対する熱意は半端じゃない。熱く語る釣 り談義はほんとにおもしろく、勉強になる。ど んな釣りでもそうだが、魚を釣り上げるために はエサ、道具、仕掛け、潮の満ち引き、天候、 場所などの条件があり、その条件がうまい具合 に絡み合った時に初めて釣果が出る。確かにマ グレで釣れることもあるが、コンスタントに釣 果を出すことは容易なことではなく、様々な努 力、工夫が必要である。例えばエサが自然にみ えるためにはハリをどのようにかければ良いか とか、風の強い日にはハリス(下糸)は短めで 良いが、風のない日には長めにしたほうが良い など、なかなか奥が深いのである。
『H研究会』も発足1年が過ぎ、タマン釣り のオピニオンリーダー的存在にもなってきた。 (下っ端の私が言うのもなんだが・・)そして タマン釣りも様々な問題を抱えている。これは タマン釣りに限らず、釣り全般に言えることだ が、ひとつに釣り場のゴミ問題がある。釣場を訪れてわかることだが、ゴミが多い!ゴミも使 ったハリスや釣り道具の包装紙、ペットボトル や飲み物の缶、タバコの吸い殻など様々であ る。その中で目に付くのはスーパーやコンビニ などでもらうビニール袋である。このビニール 袋は景観を損なうだけではなく、海の生物にも 悪影響を及ぼす。死んだ海亀の消化管の中から 多量のビニール袋が出てきたというニュースを 聞いたことがある。死因は好物のクラゲと間違 えてビニール袋を食べ、消化できずにイレウス になったためとの見解だった。海水に溶けない ため何年も海面を漂うその姿は海亀の目にクラ ゲと映っても不思議ではない。一部の心無い釣 り人(釣り人ばかりではないと思うが)のため 釣り禁止となった港や漁港もあると聞く。この ままだと近い将来釣り場がなくなる可能性もあ る。『H研究会』でも会員にゴミの持ち帰りを 徹底させている。私も“釣り場は来た時よりも きれいに”をモットーにできるだけ多くのゴミ を拾い持ち帰るよう心がけている。もうひとつ の問題としてタマンという資源枯渇の危機があ る。ベテラン釣り師である会員が“ここ1〜2 年大型が少なくなった。”と言っていた。実際、 今年の会員皆の釣果をみても60cm以上は少な い。もちろんこれだけで絶対数の減少を断定す ることはできないが、しかし釣り人ばかりでは なく、漁業も含めてやみくもに小型サイズまで も釣り上げてしまっては近い将来絶対数の減少 も現実となるだろう。その打開索として稚魚の 放流、禁漁区域および禁漁期間の設定、小型サ イズの禁漁などがあげられる。稚魚の放流は各 地の漁協や日本釣振興会などが定期的に行って おり、石垣島のある地域では禁漁区域および禁 漁期間の設定している所もある。『H 研究会』 でも微力ながらも貢献したく、40cm以下はリ リースすることが会則となっているし、今後独 自で稚魚の放流も検討している。自然破壊が止 められ、魚の成育環境が守られ、釣り人ひとり ひとりがマナーを守ることで釣り場が保全され る。そうなって初めて、釣りを楽しむことがで き、次世代のこどもたちへ釣りという文化を受け継ぐことができる。
あの日以来私はタマンに会えずじまいで、毎 回ボウズ(魚がまったく釣れないこと)が続い ている。最近は家族も“釣れた?”と尋ねなく なり寂しいかぎりだが、たとえボウズでも日常 の激務から開放され、釣りができることは喜び である。しかし狙った魚を釣り上げることがで きれば尚楽しいことは言うまでもない。あの興 奮・快感をもう一度味わいたく、休みの夜毎大 型タマンを求めて竿を出している私である。