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アンリ・デュナン「ソルフェリーノの思い出」の地を訪ねて

金城忠雄

沖縄県総合保健協会  金城 忠雄

昨秋、全国公私病院連盟の案内による「医学 の歴史を巡る旅」に参加して、北イタリアはソ ルフェリーノを訪れることができた。主眼は、 アンリ・デュナン活躍による赤十字発祥の地を この目で確かめる事である。いまひとつは、そ の昔グラマー女優シルバーナ・マンガーノ主演 イタリア映画「にがい米」の強烈な印象があ り、水田地帯ポー川流域が舞台なのでここを旅 したいとの思いもあった。

ソルフェリーノは、ロンバルディヤ平原のミ ラノとベネチアの中間にあり、イタリア最大の 湖、ガルダ湖に近い所にある。

早速、イタリア統一の象徴エマヌエル2世戦 争記念塔を訪ねることにした。ここが赤十字発 祥の地ソルフェリーノ古戦場の中心地である。 糸杉の林に囲まれ落ち着いた雰囲気の円筒状の 高い記念塔である(写真1)。

写真1.

写真1.エマヌエル2世戦争記念塔

記念塔内部は、らせん状階段があり、壁面に は1859年当時、イタリア統一と独立戦争の情 景、「ソルフェリーノの戦」の激戦風景やガル バルディの胸像等将軍像が多数飾られている。 ヨーロッパは古くから落ち着いた国々だと思い がちだが、イタリアの統一・独立は、明治維新 直前の時代である。

同行の方に93歳の老医師もおられ、重いバッ グを肩に健脚ぶりには憧憬と尊敬の至りであ る。屋上の展望台に出ると、スイスアルプスや 美しい田舎風景が目に入る。ここが悲惨な戦死 傷病者を出した激戦地なのか、映画「にがい 米」の舞台なのかと感慨にふける。

次に、納骨堂に行く。4万人もの頭蓋骨や身 体の骨が壁面四方に並べられている。その異様 な雰囲気には身の毛がよだつ。日本人には全く理解できず不気味な光景だ(写真2)。

写真2.

写真2.頭蓋骨展示された納骨堂

ソルフェリーノから6 キロ西に行くとアン リ・デュナンが宿泊したカステリオーネの町が ある。戦争当時、ここに救護本部がおかれ、デ ュナンは町の人々と粉骨砕身、人手不足のなか 傷病兵を収容した所である。現在赤十字博物館 になっていてデュナンの業績と当時の医療器具 や救急馬車などが展示されている。

平日だというのに、赤十字博物館は午後3時 からしか見学できないとのこと。イタリア人の シェスタ昼寝の習慣には参る。

赤十字博物館見学の前に昼食を取ることにし た。同行の方に食通がおり、イタリア料理やワ インに詳しく説明してくれた。食前にトスカー ナのキャンティーワインを、パルマ名産の生ハ ムとパルミジャーノチーズにポテト、パスタに バルサミコ酢等、素養の有るソムリエのお陰で 非常に美味しく楽しい昼食ができた。食後にカ プチーノコーヒーをとり、心豊かにゆっくり赤 十字博物館を見学することができた。

アンリ・デュナンと赤十字関連の足跡をたど ってみることにする。

デュナンは、スイスの実業家ということにな っている。アルジェリアに製粉会社を設立し、 現地役所に土地水源の利権と開発の許可を申請 するが許可がおりない。やむなく、有力者の紹 介で皇帝ナポレオン3世に直接陳情のためソル フェリーノを訪れる。

1859年6月、時あたかもイタリア統一・独立 の戦争、これが「ソルフェリーノの戦い」だ。 アルプスを越えて来た勇猛なラデッキー将軍率 いるオーストラリア軍とこれを迎え撃つサルジ ニア・フランス連合軍との激しい戦争だ。

デュナンは、この悲惨な戦争体験を1862年 「ソルフェリーノの思い出」と題して出版し、 ヨーロッパに大反響を呼び起こした。戦争が防 げないのなら、国際的な救護団体を組織すべき とデュナンを中心に5人委員会が発足、国際赤 十字に発展、翌1864年にはヨーロッパ諸国が 参加してジュネーブ条約が調印された。

しかし、彼は赤十字創設に没頭し過ぎ会社運 営に失敗、莫大な借金を抱え破産してしまっ た。失意の内に各地を放浪し、晩年にはスイス のボーデン湖畔の町ハイデンでひっそりと暮らしていた。

後年、ふとしたことからデュナンの養老院生 活がドイツの新聞に報道された。その記事を若 い頃に交流のあったアルドフ・ミューラー教授 の知る所となり、デュナンを世間に紹介した。 ミューラー教授の強い推薦もあり1901年に第1 回ノーベル平和賞が贈られた。

ソルフェリーノという歴史的現場に立ち、国 際赤十字の華々しい活躍の一方、イラク等悲惨 な戦争が絶えないこの矛盾、人間の征服欲野蛮 さが嘆かわしい。

観光気分で街を歩いているとgelateriaという 看板が目につく、アイスクリーム屋である。例 のソムリエの説明によると、アイスクリーム は、イタリアで最初につくられジェラト言う と。私も街行く人をまねて色々なジェラトをた めす、本場の味さすがにうまい。

中学時代の記憶にたどり、歴史とイタリア映 画を見直し心豊かな旅であった。

本「ソルフェリーノの思い出」を県立図書館 に求めるも、残念なことに沖縄になく県外から 取り寄せた。しかも絶版とのこと学生のために も復刻版を催促したいもの。

<参考文献>

1.ソルフェリーノの記念
  著者・アンリ・デュナン
  監訳・寺家村和子 訳・寺家村 博
  メヂカルフレンド社
2.切手が語る医学のあゆみ
  著者・古川 明
  医歯薬出版株式会社
3.「医学のルーツを訪ねて」
  星 和夫 日本病院会雑誌 1998.10