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53歳にして、乗る

喜友名琢也

医療法人球陽会海邦病院  小児科 喜友名 琢也

調子に“乗る”ではないが、それに近いかも しれない。何に乗るかといえば、それはハーレ ー・ダビッドソンである。

昨年の5月、ある晴れた日の朝、突然、バイ クに乗りたくなったのだ。休日だったので、そ の日のうちに、バイクショップに行って、中古 の400ccのホンダを買った。もともと衝動買い をするようなタイプではないが、このときばか りは違っていた。まるで、神の啓示かなにかの ように、バイクに乗ることが自分の宿命だと感 じられた。ま、バカみたいなひとりよがりの思 い込みではあるが、それは承知の上で。さて、 実際に乗ろうとしたら、これがうまくいかな い。頭では風を切ってすいすいと走る姿を描い ていたのに、全然違う。エンストしそうになる は、縁石に接触しそうになるは、信号では立ち ごけしそうになるはで、大変だった。狼狽し た。考えてみたらあたりまえだ。バイクに乗る のは20数年ぶりだ。イメージは残っていても、 年取った体がそれについていっていない。しか し、しばらくゆっくり流しているうちに、徐々 に慣れてきた。昔の勘も戻ってきた。慣れるに つれ気分も高揚してきた。どんどん加速してい った。道が三角になった。風が体を吹き抜け た。爽快だ。やったあ!何をやったのかは知ら ないが、でも思い描いたものが手に入った感じ がした。

それ以来、バイクである。暇さえあれば、当てもなく乗り回し、当然、通勤にも使ってい る。バイクは自然の影響をもろに受けるので、 乗りこなすのは結構タフである。雨の日は乗ら ないが、台風の日にためしに乗ったことがあ る。強風をまともに受けると、意図しないのに バイクが対向車線ににじり寄っていくのでとて も怖かった。台風の日はやめると決めた。暑い 日も大変である。ただでさえエンジン周りやマ フラーは高温になっているので、太陽の熱とバ イクの熱とで二重の苦しみが襲う。走っている 間は涼しく全然苦にならないから、走りっぱな しがいい。それで、信号も無視して走ることに している。これはウソである。まあ、大変な乗 り物であるが、やめないのは、走る楽しみが当 然勝っているからだ。

しばらく、400ccで満足していたのだが、あ る日遠出をしたとき、バイクの力不足を感じて しまい、それを期に、もっと大きいものにとい う考えが湧いてきた。と、思いついたらすぐに 大型免許を取るべく自動車教習所に通い始め た。性急かともおもったが、なにしろ神の啓示 を受けているのだから迷いがない。50過ぎて大 型を取りに来るのは珍しいと教官に冷やかされ ても、らくらく乗りこなす若いのに置いていか れてもおじさんはおかまいなしだ。悪戦苦闘の あげくにやっとの思いで、免許を取ったら、今 度やることは決まっていた。大型を取ったから といって、ナナハン(750cc)などに乗ろうと いう気はもうとうない。私は密かに大いなる野 望を抱いていた。実は、端から決めていたのだ が、ターゲットは1,450ccのハーレーだった。 170cm、60kgに足りない体躯で300kgを越す重 量のオートバイに乗ること自体やや無茶な話だ が、調子に乗ったおじさんは止まらない。そし て、あらゆる家庭内の障害(想像しないほうが いい)を乗り越えて、今年の4月、憧れのハー レー(ダイナ・ローライダー)を手に入れた。 姿かたちはおとなしいタイプだが、それに似合 わないエンジンの無骨な音と振動が存在感を主 張している。跨ってみると、気分はあの「イー ジーライダー」に出てきたキャプテン・アメリ カ(ピーター・フォンダ)。短足なのが随分違 うが、乗っている姿は自分では見えないから、 いいか。意気揚揚、走り出したのだった。

久々の400ccにも気持ちが高ぶったが、今は それ以上の高揚感がある。本来、バイクは行先 地に到達するための“手段”であるはずだが、 今は乗るためだけの“目的”になっている。言 ってみれば、オモチャだ。この金のかかる大い なるオモチャ、この先どのように付き合ってい くか、考えるだけで楽しい。小児科の先輩の大 宜見義夫先生は、アジア・ヨーロッパをバイク で走破したほどの筋金入りのバイク野郎(とい うかバイクおじさん)であるが、当面、金魚の フンよろしく大宜見先生についていこうと思っ ている。先生の周りにはハーレー仲間が集まっ てきている。なぜか、ハーレーに乗っていると いうだけで、すぐに知己の間柄となる。いろい ろな人々に出会える楽しみも加わってきた。み んなでツーリングする大国林道は最高だろう な。ゆくゆくは県外にも、いやいや海外にも出 かけるか。夢は膨らむばかりだ。

さあ、今日も晴れた。乗るぞ!フル装備し、 エンジンをかけ、体中に振動を感じながらスロ ットル全開。踊躍道路に飛び出した。背中でか みさんのキツーィひと言を聞きながら。「死ぬ ときは一発で死んでね。」