沖縄県警察嘱託医会会長・検案認定医 金城 國昭
1)沖縄県警察嘱託医会設立の経緯
沖縄県警察嘱託医会は県警察本部長から委嘱 された県下各警察署の嘱託医を会員として昭和 57年に設立され、今年で24年目を迎える。その 目的は会則にあるように主として検案業務を通 して警察の捜査に側面的に協力することである。
沖縄県警では本土復帰前の昭和31年に「法 医学顧問制度」を発足させ、日本法医学会から 法医専門家を招へいして変死体の解剖、検案を 実施してきたが、昭和57年に琉球大学に医学 部が設置され法医学教室が開設されると共に 『顧問制度』は廃止になり、死体解剖について は琉球大学法医学教室が担当し、死体検案は各 地の勤務医或いは開業医に委嘱されることにな り、警察嘱託医制度がスタートした。
2)法医学顧問制度について
沖縄県独特の「法医学顧問制度」は昭和31 年に発足した。当時の沖縄は米国の軍政下にあ る琉球政府の時代で医師数が極端に不足して全 国平均の40 %にも満たず法医専門家は皆無、 僅かに病理学教室で研鑽を積まれた外科医の故 長浜眞徳先生、横浜監察医務院で監察医助手の 経験がある故新垣清栄先生により解剖鑑定が行 われ、検案業務は公務員医師、開業医師に依頼 して実施されていた。而しながら只でさえ多忙 な医師の協力を得ることは容易ではなく、又昭 和32年から新刑事起訴法が施行されるという 事もあり、警察行政の円滑な運営、公訴の維持 の為にも法医学専門医を常勤的に確保する必要 があり、当時の警察局幹部が本土政府及び日本 法医学会に対して再三に亙り陳情して漸く法医 学顧問の常駐が実現される事となった。顧問医 は日本法医学会の特別配慮により、全国の大学 から助教授クラスが半年〜2ヶ年の交代で派遣 され、初代東大出身の松沢茂隆氏から第27代 の永盛琉大教授までの26年間継続した。
県出身者としては、小生が第4代(昭和36年 〜昭和40 年)第5 代熊本大出身の洲鎌孝志氏 (昭和41年〜昭和45年)が公務員医師の身分で 担当した。
3)警察嘱託医による死体検案について
嘱託医の任務は主として死体検案である。 (一部会員の中には留置人の診察・治療、被疑 者採血、採尿検査、警察署員の健康管理等を兼 務している者もいる)
周知のように医師が死体を外表から検査する 行為を検屍(死)(死後診察)といい、検屍に より得られた医学的所見と死亡時の状況、既往 歴等を勘案して、死因、死因の種類、死亡時 刻、法医学的異常の有無等を判断することが死 体検案(死後診断)であり、その対象は多くの 場合所謂広義の変死体(異状死体)である。警 察に対する異状死体の通報は一般人、救急隊員 からのものを除けばその大半が病院・診療所の 医師からのものである。
通報を受けた所轄警察署はその死体が犯罪に よるものかどうかを判断する為に検視を行な う。その結果犯罪死体や犯罪に起因する疑いの ある死体は司法解剖又は行政解剖により精査さ れ、非犯罪死体で病死と判断されると警察本部 刑事調査官(検死官)の裁決を経て嘱託医によ る死体検案が行われることになる。
尚死体検案は嘱託医に限らず医師であればそ の専門に関係なく誰でも可能で、現在ところ特 別な資格要件もなく、応招義務の規定は明記さ れていないが、検案要請があれば積極的に応ず るのが望ましいと考えられる。
4)県内の嘱託医による検案件数の推移
嘱託医会発足当初の昭和57年の検案件数は 134体であったが、年々増加して平成17年には 1,009体に達している。
嘱託医の人数は各警察署の規模管轄地域によ って異なるが、1〜4名程度で前記したように 現在会員数は40名である。これだけの人数で年 毎に増加する検案事例に対応するのは容易なこ とではなく日常の診療業務にかなりの支障を来 しているのが実状である。
而し乍ら死体検案は死亡診断(歯科医師・助 産婦も特殊な場合可能)と異なり医師のみに任 される医学的専決行為であり又検案書が発行さ れない限り死後の諸手続き(行政への届出、戸 籍の抹消、埋火葬、葬儀の準備、保険金請求 等)が滞る事になり、又一刻も早く遺体を引き 取り度いという遺族の希望、更に検案及び検案 書発行を以って捜査員の業務も完了となること を考慮すると我々嘱託医としては休日、時間外 を問わず早急に対応するよるに努めている所で ある。
5)おわりに
平成7年4月、各都道府県の嘱託医会(県に より、警察医会、警察協力医会、警察検案医会 等呼称はまちまちである)の上部組織として日 本警察医会が発足した。当県もこれに加入、各 県警医会とお互いの活動状況や、検死業務につ いての意見交換をして新しい法医学知識の修得 と検案技術の向上を計っている。県嘱託医会と しては年1回総会を開催、警察関係者との情報 交換や、会員相互の連携親睦を深めるととも に、琉大法医学教室にお願いして検案実務に益 するような教育講演をしていただいている。
最近の社会情勢は景気の低迷、高失業率、少 子高齢化の進行、核家族化、災害の多発等で自 殺者が3万人を超え、老人の孤独死、事故死、 災害死の増加、又医師の「異状死体届出義務」 の拡大解釈(色々と議論がある)による届出増 加等で検案業務は益々多忙となると予測される が、医師会としても生体の診察・治療という臨 床面の問題だけでなく人の厳粛な終点である死 に係わる医師の責務、公共の福祉、治安維持等 に医師として果たすべき役割についても今一度 視点を向けていただきたいと考えている。尚、 嘱託医の報酬は年1回警察本部から支給される 僅かの謝金であり、これはそのまま会費として 納入され、検案及び検案書料は遺族負擔となっ ていてどちらかと云えばボランティア的出務と なっていることは否めない。県医師会において は嘱託医会の活動内容とその実状をご理解の 上、学校医部会等と同様に医師会の一分科会と して応分のご配慮とご指導をお願いしたい。
沖縄県警察嘱託医会役員名簿