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福島県立病院産婦人科医師逮捕起訴について

永山孝

永山産婦人科医院 永山 孝(南部地区医師会長)

福島県立病院の産婦人科医師の逮捕起訴は社 会的に大きな反響を呼んでいる。医師会も3月30 日抗議声明文を出した。会員の先生方はすでに 御承知のことと思われるが、その経過と私なり の考えを述べさせていただくとする。

事故の概要

1.患者及び疾患名

20歳代の女性(1回経産)術前診断:前回帝王切開、部分前置胎盤

2.スタッフ

執刀匠:産婦人科専門医

助 手:外科医

麻酔医:麻酔科専門医

看護師:4名(のち5名)

3.診療経過

1)術前診断

妊娠初期より超音波検査で胎盤付着部が後壁 であり低置胎盤と診断しており、平成16年8月 3日妊娠17週から前置胎盤を疑っていた。また 同年11月19日妊娠32週には妊婦、夫に前置胎 盤のため、早期の入院の必要性を説明した。

平成16年11月26日に切迫早産の診断にて入 院。平成16年12月3日の超音波検査、カラード プラ法にて後壁付着の部分前置胎盤と診断した。

前1同帝王切開の既往、後壁付着の前置胎盤 であれば、一般に癒着胎盤の頻度は高くはない ため癒着胎盤を強くは疑ってはいなかった。

12月6日に妊婦、14日に妊婦、夫に対し帝王 切開時の輸血の可能性、子宮摘出の可能性につ いて説明をしている。手術前の出血予防の点か ら帝王切開の時期は妊娠36週6日に施行してい る。また上記の術前診断、かつ妊婦の希望もあ ったため、大野病院で手術を行うこととした。

癒着胎盤という認識が少ないため輸血の準備 として濃厚赤血球5単位を用意した。

2)術当目

12月17日
妊娠36週6日帝王切開術となる
濃厚赤血球5単位を準備
14:02 麻酔開始(硬膜外麻酔+脊椎麻酔)
14:26 手術開始
14:37 児娩出
14:50 胎盤娩出 総出血量約5,000ml
輸血 濃厚赤血球5単位
15:15 輸血製剤(濃厚赤血球)10単位発注
術中1回目
15:35 全身麻酔に移行
16:05 輸血製剤(濃厚赤血球)10単位発注
術中2回目
16:30 輸血製剤到着 術中1回目
輸血 濃厚赤血球10単位
総出血量 約12,000ml
子宮摘出術開始
17:30 輸血製剤到着 術中2回目
輸血 濃厚赤血球10単位
17:30頃 子宮摘出
18:00頃 心室細動蘇生開始
19:01 死亡確認

総出血量約20,000ml(羊水を含む)
総補液量約15,000ml
(濃厚赤血球25単位、新鮮凍結血漿15単位を含む)

胎児への影響を考え、硬膜外麻酔及び脊椎麻 酔で手術開始。胎児娩出までは問題はなかっ た。胎盤剥離は子宮上部から用手的に剥離し子 宮下部は剥離困難のためクーパー(手術用ハサ ミ)を用いて剥離した。用手的に剥離困難の時 点で癒着胎盤と考えるべきであった。しかし妊 婦は20歳代と年齢も若く、子宮温存の希望が あったため、子宮摘出の判断の遅れが生じた。 胎盤剥離後までには約5,000mlの出血があり血 圧の低下、その後に脈拍数の著しい増加が持続 していた。濃厚赤血球5単位の輸血後に血圧の 上昇が認められるが頻脈のままであり、循環動 態が安定したとは言えず、いわゆる出血性ショ ックの状態となった。

何とか止血しようと胎盤剥離部の縫合、子宮 内へのガーゼ充填圧迫、双手圧迫止血、また両 側子宮動脈付近をペアンで挟み、血流遮断し止 血のための操作は行った。

出血当初より輸液量は少なく循環血液量の不 足が持続していた。頻脈、無尿はそのためであ ったと考えられる。子宮摘出を考えた時期には 全身状態は悪く血圧止血を図りながら血液到着 を待っていた。血液が到着、輸血を開始し、血 圧の上昇後、子宮摘出手術を施行した。

子宮摘出後(17:30頃)、腹壁縫合に移ろう とした時に、心室細動となり蘇生術を行った が、19:01に死亡した。

「はじめに」

本件の手術で亡くなられた方、およびご遺族 の方々に謹んで哀悼の意を表します。

福島県立大野病院では院外の専門家で構成さ れた調査委員会が直ちに設立され、平成17年3 月22日に報告書が公表された。この報告を受け て、報道で知った福島県警が捜杳に着手した。 約1年経って、平成18年2月18口県警捜査1課と 富岡署は、産婦人科医師を逮捕拘留した。容疑 は産婦人科医師が胎盤の癒着で大量出血する可 能性を知りながら、十分な検査などをせず帝王 切開を執刀、癒着した胎盤を無理にはがし大量 出血で福島県楢葉町の女性を死亡させた疑い。 また女性の死体検案を警察署に届けなかった疑 いという「業務上過失致死容疑」と「医師法違 反」であった。3月10日福島地検が医師を福島 地裁に起訴し、3月14日医師は保釈になった。

「前置胎盤、癒着胎盤について」

前置胎盤とは胎盤の一部または大部分が子宮 下部に付着し、内子宮口に及ぶものをいう。癒 着胎盤とは床脱落膜欠損のために、胎盤の全部 または一部が直接子宮筋に癒着し、その剥離が 困難なものをいう。癒着胎盤は前置ではなく正 常の位置、すなわち子宮体部に付いていた場合 には、はがれた組織の収縮が十分であれば止血 機序が期待できるので大量出血になることは少 ないが、前置胎盤、あるいは低置胎盤というか たちで子宮の下部ないし子宮口の周囲に癒着し ていた場合には、はがれた胎盤の剥離面は収縮 による止血機序が弱く、大量出血の原因となり うることはよく知られている。癒着の程度によ って、軽度の癒着のみのいわゆる癒着胎盤、胎 盤の組織が筋肉内に侵入する嵌入胎盤、さらに 最もひどく子宮漿膜にまで達する穿通胎盤に分 類される。穿通胎盤あるいは嵌入胎盤の一部は 超音波検査、とくにカラードプラ検査やMRIで は術前診断が可能かもしれないが大部分は診断 が困難であろう。つまり術中はがしてみないと どの程度の癒着胎盤かどうかわからないという のが現実である。前回に帝王切開している場合 に創部のところに胎盤が付着している場合には 創部内に侵入、あるいは貫通することがあると いう報告はあるが、今回のように後壁付着の前 置胎盤で、癒着の程度の術前診断は非常に難し かったと思われる。癒着胎盤は術前に超音波や MRIを施行し、予見できたのではなかったこと も起訴の一つの理由になっているが、非常に難 しいことと思われる。前置胎盤はすべてMRIで 癒着の程度を調べなければいけないことになっ たら大問題となろう。本例では超音波検査は何 回となくされているし、超音波による診断での 慎重さは十分にあったと思われる。

「業務上過失致死なのか」

刑法211条、業務上過失致死とは「業務上必 要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は5 年以下の懲役もしくは禁固、または50万円以 下の罰金に処す。重大な過失により人を死傷さ せた者も同様とする」である。

産婦人科医師は1人しかいなかったが、外科 の応援を得て、しかも専門の麻酔科に麻酔を頼 み、十分な看護師の数もいて濃厚赤血球5単位 用意している。これだけ準備しても結果がよく なかった場合、業務上過失致死を問えるか今回 の最大のポイントであろう。

術前診断で嵌入胎盤、穿通胎盤とわかってい るなら児を娩出せしめ胎盤剥離操作をすること なく子宮摘出を行うが、癒着胎盤の場合剥離を 始めたら途中でやめることは不可能である。ク ーパーを使って粗暴な操作をして大量出血させ たということであるが、胎盤が一部付着したま までの子宮摘出は不可能で、一刻も早く剥離を 済ませ止血操作に移らないと子宮摘出は現実的 ではないと思う。この症例ではガーゼ充填圧 迫、双手圧迫止血、両側の子宮動脈の結さつな ど考えられる止血操作は行われている。ただ出 血をそのままにして子宮摘出をしたのではなか った。事故調査委員会の報告書にはそのへんの ことが記載されてなく、無理な剥離や輸血の遅 れ、人員の少なさといったことが出ているが納 得いくものではない。

「医師法違反なのか」

この病院は安全管理マニュアルがあって、異 状死あるいは警察に届けるといったことの項で は「病院長は医療過誤によって死亡または障害 が発生した場合、またはその疑いがある場合に は速やかに地域の警察署に届出を行う」となっ ている。病院長は術中手術場にもみえたそうで ある。主治医と病院長が判断して、これは病死 と扱ってよろしいとその時点ではなされたので はないかと思う。それなら産婦人科医が届け出 を怠った注意義務違反には当てはまらないので はなかろうか。異状死をどう考えるかは法医学 会と外科系の関連学会とでは見解が一致されて いない。今回警察側の立場は法医学会の考えに ほぽ近いと言われている。普通の病死でない予 期できない死はみな異状死であるという判断で ある。しかも届け出をしないと罪であるという ことである。

予期できない死はすべて警察に届け出なくて はいけないとなると、医療現場には非常に大き な問題となろう。しかも異状死を届け出たら犯 罪人扱い尋問が始まる可能性もある。何らかの 第3者機関が早期に制度化されて、犯罪を捜査 する組織でないところが医療の問題の事実関係 を調査して、それに対する見解を出す制度を早 く作るべきと考える。

「逮捕拘留について」

逮捕拘留の理由は証拠隠滅の恐れがあり、口 裏を合わせる可能性があるとのことであるが、 理解しがたい事実経過である。平成17年4月に 福島県警は捜査を開始し、カルテなど証拠資料 を押収すると共に任意の事情聴取が断続的に続 き、9月頃事情聴取は終了したとのことである。 この間もその後も医師はずっと診療をきちんと やっており逃亡する恐れもまったくなかった。 再犯の可能性もなかった。逮捕拘留して医師に 医療ミスがあったことを認めさせ、自供させる ことが本当の理由だったという声も聞かれる。

「おわりに」

1.今回の例は事故過失ではなく、医療行為の 努力にもかかわらず、残念な結果となった 普通の診療行為であったと考えるべきであ る。このような医療行為で、個人が刑事責 任を問われるに至った事は残念である。

何故、業務上過失致死罪として刑事責任 を問われなければいけないのか疑問に思う。

平成17年3月に事故調査委員会の結論が 発表され院長戒告、産婦人科医師1ヶ月の 減俸処分が決定されている。

2.事故調査委員会は民事解決を視野に入れて、 執刀医は有責であると決定したが家族の悲 しみを真っ向から受け止め、家族のお気持 ちの安らぐ時を待つべく報告内容にすべき ではなかったか、不幸な出来事の悲しみを 共感し、やがて冷静な話し合いが出来るよ うな事が重要と思われる。現に今まで家族 との話し合いは進んでおらず、進展はない そうである。勿論、今度の逮捕は家族の告 発によるものではない。

3.産婦人科医は地域の多数の患者さんに評価 は高く、彼を誹誇する声はマスコミも聞き 出すことは出来なかったそうである。その ような医師が行った医療行為の努力の結果 が悪かったから刑事罰となれば、医療行為 は成立しなくなると思われる。少子化の流 れのなかで周産期医療は本当に破壊してし まうことになるであろう。

4.今回の事件のため、公立病院(特に僻地、 離島)は1 人医師の産婦人科が閉鎖され、 社会問題になりつつある。医師法の改正を 含めた法整備を速やかに行うべきである。

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