げんか耳鼻咽喉科 源河 朝博
蓄膿症といえば50代以上の人であれば子供 の頃鼻から二本柱を垂らし、しかもそれをすす り上げている光景がまず浮かび上がってくるか もしれない。化膿性疾患の代表とでも云える蓄 膿症であるが、時代とともにこのような典型的 で古典的とでも表現しうる臨床像はすっかりそ の影をひそめてしまい代わって鼻症状として “くしゃみ”“鼻水”“鼻づまり”のようなアレ ルギー症状が前面に出てきている。確かにアレ ルギー性鼻炎は花粉症のみでなく、沖縄県では クーラーの普及でカビやダニを抗原とする通年 性鼻アレルギーも増加の一途である。しかしな がら蓄膿症はといえば“風邪”の延長線上に あるため軽症化しているものの決して減っては なく、中には遷延化あるいは難治化している事 も多い。しかもその原因が特に小児においてア レルギー性疾患の増加と関連している。プライ マリーケアを担当する内科や小児科医にとっ て、上気道炎の後にコントロール不良の鼻漏や 鼻汁に苦労する症例は多々あるものと思われ る。そこで本稿では耳鼻科専門医との連携をよ り効率化するために小児副鼻腔炎の最近の臨床 像をPracticalに概説する。
当院は16年前に現地にて開業したが、当初 より乳幼児の受診率が高く、新患ベースでは (図1)の如くである。ただ乳幼児の耳鼻科的処 置は成人に比し、頻回になる事が多いため再診 率が高く、1日の外来は一見乳幼児に独占され ているかの如くまるで小児科ではないかと思わ れる程である。受診の理由は多くが長引いた鼻 漏や鼻汁であり、事前に内科や小児科で上気道 炎の治療を受けているのである。しかも年々低 年齢化しているかの印象があり、特に2才児以 下で初診時に中耳炎を合併している例が増加し ている。これらの症例の中には反復したり、難 治であるものも多く含まれる。鼻漏の遷延化が 乳幼児では中耳炎を引き起こし、不機嫌や哺乳 の低下につながり、年長児では集中力の欠如、 後鼻漏による長引いた咳で副鼻腔炎が発見され ることもある。たかが鼻水と思わずに早期治療 へと導く必要がある。耳鼻科外来特に診療所で は、実はこのような症例に多くの時間を費やし ているのが現状である。
図1.年齢別受診状況(平成16年度)
頻繁に上気道感染をおこす小児では解剖学的 にも、より副鼻腔炎を併発する可能性が高いと 考えた方がよい。起炎菌は肺炎球菌、インフル エンザ菌、モラクセラ菌が主であるが、これら が比較的(成人に比し)長期に検出される。膿 性鼻汁は小児では鼻腺組織が多いため、多量に 排出されることになる。起因菌からすればペニ シリンやセフェム系抗生剤の内服でスムーズに 改善しそうなものであるが、その有効率が低い のも特徴である。感染の要素が強くても除菌が 困難な症例が特に乳幼児で増えているような印 象を受けるが、耐性菌の影響を受け易い情況が ある事も間違いない。さらにアレルギー疾患も 副鼻腔炎の長期化に影響していると考えられて いる。当院で内科や小児科で投薬を受けている ものの、鼻汁が2週間以上続いている小児100 例に鼻汁好酸球検査を行った所、図2のように かなり高率に陽性例が認められた。又、陽性例 のうち6才未満では水様性鼻汁に比し、膿性鼻 汁が多くを占めている(図3)。即ち小児の長引 く鼻症状には耐性菌とアレルギー性鼻炎が関連 していると考えてもよい。
図2.年齢別好酸球陽性率
図3.陽性例の年齢別鼻汁の性状
上気道感染直後であれば、まずペニシリン系 あるいはセフェム系抗生剤の投与が一般的であ る。ただこれらの処方は耐性菌が増加してきてい る事を考えると、1週間以内の投与に止めたい。低 年齢児ほど耐性菌保有率が高くなっている事を 念頭におくべきである。昨今、鼻漏が長引いてい ることで母親がdoctor shoppingをする傾向にあ り、耳鼻科を受診する頃には、ペニシリンやセフ ェムを数ヶ月服用しているという見過ごせない 事実もしばし経験する。鼻漏といえども問診を徹 底する必要がある。耳鼻科外来では投薬のみでな く、局所療法として鼻洗浄やネブライザー療法を 行うが、鼻洗浄はかかりつけ医にも十分可能な治 療である。鼻漏が粘膿性であれば重曹水を用い、 水様性であれば生食水で鼻洗浄を行えばよい。 これらを上手に注入し、吸引するだけで治癒へと 向かう症例は多いはずである。それでもコントロ ールの困難な場合、薬物としてマクロライドの少 量投与(最長2ないし3ヶ月)を行う。エリスロマ イシンでもよいが、最近はより服用し易いクラリ スロマイシンが一般的であり、その有効性はか なり高い。クラリスロマイシンは抗生剤としてだ けでなく、粘液線毛輸送能、粘膜免疫応答を亢 進させるという機能を有しており、これが副鼻 腔炎の治療に合目的である。ただ抗生物質であ る事から薬剤耐性を誘導する可能性に対し、い ろいろと検証されているが、今の所、肺炎球菌、 インフルエンザ菌、モラクセラ菌に対して耐性 化を誘導するという明らかな事実は得られてい ない。むしろ鼻咽腔の細菌叢が正常化されてい る。従って安心してマクロライド療法を行って もよいと思われる。更に鼻漏が2週間以上長引い ているのであれば、小児副鼻腔炎の特徴でも述 べたように鼻汁好酸球検査を行い、陽性例であ れば抗アレルギー剤を併用するとより有効率が 高くなる可能性があるため是非試して戴きたい。
小児の鼻漏は急性期から亜急性期にかけ、か かりつけ医が日常茶飯事に経験する症状である。 その治療で最も大事な事は、ペニシリンやセフ ェム系抗生剤を最小限にする事であり、鼻処置 やマクロライド療法、あるいは抗アレルギー剤 を上手に用いる事といえる。2才以下の小児で鼻 漏が2週間以上続いている場合は、中耳炎合併 の可能性があるため鼓膜切開等の外科治療につ いて耳鼻科にconsultする必要がある。又、鼻漏 が3ヶ月以上続いている小児慢性副鼻腔炎につ いても同様に耳鼻科に紹介して戴きたい。