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新しいリウマチの治療
−生物学的製剤の開発−

大浦孝

おおうらクリニック 大浦 孝

T.これまでの治療

関節リウマチは、日本に、おそらく70万人か ら100万人、数え方によっては300万人の患者 がいるのではといわれています。男女比は1対 3、好発年齢は30歳から50歳です。

リウマチを患ってきた歴史的な有名人がおり ます。山上億良、ルーベンス、フランクリン、 ノーベル、ルノアール、デュフィ、アガサクリ スティなどです。山上億良は7世紀から8世紀 の万葉の歌人で、“痛き傷に塩を注ぎ、短き木 の葉を切る”という歌の一節があります。

1)プレドニゾロン(PSL)とリウマトレックス(MTX)

その昔、リウマチの有効な治療薬はなく、別 府の温泉療養へ出かけるのが関のやまでした。 米国ではMayo ClinicのP.S.Henchが、1920 年代より慢性関節リウマチ(RA)と副腎機能 の関係の研究を続け、1948年には、当時ようや く精製されたコルチゾンの臨床治療研究を行う に至りました。「ニューヨークタイムズ」の伝 えるところによれば、寝たきりのリウマチ患者 に100mgのコルチゾンを投与したところ、翌日 には痛みがとれ、患者は喜びのあまりダンスを 始めたということです。この功績により彼は 1950年、ノーベル賞を受賞しました。

以来60年、現在でも第一特効薬です。しか しながら、多量長期服用で副作用が出現するこ とがあります。肥満、糖尿病、胃潰瘍、骨粗鬆 症、白内障、不眠等です。従って、使用期間、 使用量は慎重に吟味されます。

次に、一般名メトトレキサート:MTX(商 品名 リウマトレックス)も有効な抗リウマチ 薬で、この数年間広く使用されるようになりま した。MTXは核酸合成を阻止し、細胞増殖を 抑制する薬理作用があるため、当初抗がん剤と して使用されておりました。これを応用して海 外で関節リウマチへの効果が報告され、国内で も99年にリウマチ治療用のカプセル剤として承 認されました。治療効果の高さから、世界各国 で標準薬とされております。

現在ではこの二剤が抗リウマチ薬の双璧で、 リウマチの進行、関節変形を阻止し、疼痛の緩 和も可能となりました。寝たきりだった病人は 少なくなり、疼痛から解放され、普通の日常生 活を送れるようになったのです。その福音には 計り知れないものがあります。

ところでMTXの副作用についてですが、肝、 腎機能の低下した人や透析患者には禁忌です。 肝臓の解毒作用が低下したり、尿に薬が排泄さ れないため中毒量となり、貧血や肺炎をおこす ことがあります。すなわち、ハンディキャップ がある方にとっては使用不可能な薬剤です。ま た効能にも個人差があります。そのためにも厳 重な危機管理体制を取っております。定期的な 血液検査(貧血、肝、腎)、胸部レントゲン検 査は必須事項です。その外にも服用量について は細心の注意を払わなければなりません。いわ ば、有効量と中毒量が紙一重なのです。

従って服用方法は週間低用量間欠投与法とな っております。この条件を順守すれば、副作用 は未然に発見され、重大にはなりません。

2)多種多様の治療(表1)

現在では早期発見、早期治療、継続治療が原 則で、治療法は格段に進歩しております。薬物 療法、手術療法、リハビリテーション、血漿交 換療法と個々の患者さんに最も適切な、時宣を 得た治療法が選択できる時代となりました。薬 物療法では、消炎鎮痛剤を基本として、副腎皮 質ホルモン剤や免疫抑制剤の併用療法で充分な 治療効果が得られます。疼痛は緩和し、関節の 動きもスムーズとなり、症状の進行・関節の変 形は阻止されます。もっとも、これらの治療は 諸刃の剣でもあり、副作用の再現には細心の注 意を要します。関節炎のみならず、五臓六腑い ずれかの臓器が侵されたり、皮膚潰瘍を形成し たりしてくると、悪性関節リウマチとしてより強 力な治療法が必要とされます。各治療法の適用、 その時期と期間との組み合わせは、患者さんの 状態に応じて慎重に吟味されます。とはいって も、これらの従来の治療法はいわば総花的・対 症的治療法で、必ずしも的を得た治療法とはい えないところもあるのはいなめません。(図1、2)

この10年、より的を得た治療法が開発されま した。リウマチの原因は不明ですが、その病態、 特に進行過程である炎症・免疫反応が分子のレ ベルで解明され、そこで主役、脇役、善玉、悪 玉がリストアップされました。病態の悪循環を 断つため、最も肝心な悪玉に的を定めてミサイ ルを発射する治療法が開発されました。(図3)

表1.

表1.DMARDsの用法・用量と主な副作用

図1.

図1.RAにおける関節病変の進行

図2.

図2.RA病態の進展

図3.

図3.RAにおける関節破壊機序

U.これからの治療

1)抗TNFα抗体のレミケード®と抗TNF 療法のエンブレル®(生物学的製剤)

これまでの薬は、ほとんどが化学的に合成さ れた薬でしたが、近年、生物が産生した蛋白質 を利用した薬が作られるようになりました。こ れが生物学的製剤と呼ばれるものです。最新の バイオテクノロジー技術を駆使して作られるの で、バイオ医薬品とも呼ばれています。炎症を 引き起こす重要な分子を標的とし、それを徹底 的に抑え込むように設計された薬です。化学的 に合成された薬は、肝臓か腎臓で代謝されるた め、このどちらかの臓器に負担がかかります が、生物学的製剤は蛋白質であり、従来みられ るような副作用は少ないとされています。

生物学的製剤は、構造上、大きく二つに分けることができます。一つは抗体製剤、もう一つ は受容体をまねた製剤です。

抗体製剤の抗体は、標的とする分子とだけ強 く反応するモノクローナル抗体と呼ばれるもの です。以前は単一な(モノクローナル)抗体だけ を大量に作り出すのは技術的に困難だったので すが、分子生物学的手法が進展したことで、そ うした単一の抗体群(モノクローナル抗体)を 作り出すことが可能になりました。モノクローナ ル抗体なら単一物質とのみ反応するので、標的 分子にのみ反応させる薬として使えるわけです。

関節リウマチの薬として、最初はヒトの蛋白 で作ることができず、マウスの蛋白からモノク ローナル抗体が作られましたが、現在、改良が 進み、マウス由来の蛋白を少なくし、その分ヒ ト蛋白の割合を増やした薬が実際の治療に使わ れていて、ヒト蛋白の割合から、ヒト75%のキ メラ抗体(異なる生物種を複数融合させたもの をキメラという)、90%のヒト化抗体、100% の完全ヒト抗体に分けることができます。その いずれも標的分子とだけ強く反応するので、他 の分子の働きには影響を及ぼしません。

一方、受容体をまねた薬は、標的分子の受容 体を設計図である遺伝子の配列から作り出し、 2006 沖縄医報Vol.42 No.5 −89(651)− 診療最前線 ヒトの抗体の一部分とつなぎ合わせて血液中で 安定化させたものです。この薬を自分の受容体 と勘違いして標的分子が結びつくことで、その 働きが抑えられるわけです。

この生物学的製剤は、関節リウマチの治療に 画期的な進歩をもたらしました。アメリカのリウ マチ専門医の一人でテキサス大学教授であるフ ライシュマン博士は、「従来の薬ではどんなに工 夫しても、病気がほぼ治ったに等しい寛解と呼ば れる状態にもっていける人は40%前後であった が、生物学的製剤を90%以上の人に積極的に使 うようになった結果、それが75%にまでなった」 と感慨深げに話していました。これは、彼一人 に留まらず、米国で生物学的製剤を積極的に使 う多くの医師の共通した感想です。最近では、 関節リウマチの関節破壊が抑制されるだけでな く、人によっては壊れた関節の一部が元に戻っ た、という報告があるほど、これまででは考えら れなかった治療成績が次々と発表されています。

生物学的製剤の標的としては、炎症と関連す るサイトカインが第一目標となりました。今の ところ、アメリカで承認されている関節リウマ チに対する生物学的製剤の四つは、すべて炎症 性サイトカインを標的としたものです。

さて関節リウマチの関節では、サイトカイン の一種であるTNFα(ティー・エヌ・エフ・ アルファ)という物質が大量に作られていま す。TNFαはもともと人の身体にあるものです が、関節リウマチでは異常に増加しています。 関節リウマチが起こるメカニズムにはさまざま な要因が関係していますが、なかでもTNFαは 重要な物質で、関節リウマチの関節で次のよう な働き(“悪さ”)をしています。(図4)

図4.

図4.TNFαが原因となっている関節リウマチの症状

このようなTNFαの働きを止めることは、関 節リウマチの症状や進行をくい止めることにつ ながります。レミケードはTNFαにくっつい て、その働きをおさえます。また、TNFαを作 っている細胞そのものも壊します。レミケード は「抗TNFα抗体」とも呼ばれており、この治 療を「抗TNFα抗体療法」といいます。(図5)

図5.
図5.

図5.関節リウマチ患者さんの関節内にはTNFαが大量にある

これは米国で開発された薬剤で、症状をやわ らげるとともに、関節破壊をくい止める効果に 優れることから、海外では高い評価を得ており、 すでに世界81カ国で発売され、約50万人の患者 様に使用されています(2004年2月現在)。

従来の薬(消炎鎮痛薬や抗リウマチ薬)で十 分な効果が得られなかった場合に、この治療を 始めます。レミケードは病院で点滴します。1 回の点滴は2時間以上かけて行います。初めて の点滴の後は、その2週間後、6週間後に投与 し、以後は8週間ごとになります。レミケード による治療を行っている期間はメトトレキサー トも服用します。

重要と思われる副作用としてレミケードは TNFαの働きをおさえることで炎症をしずめる だけでなく、体の抵抗力を落としてしまうこと があるため、感染症が起こりやすくなる可能性 があります。

次にエンブレルは、増えすぎてしまったTNF に結合して、その作用をブロックする抗TNF療 法の薬です。炎症や関節破壊進行の原因である TNFを直接ブロックするので、抗リウマチ薬 ( D M A R D ) や非ステロイド性抗炎症薬 (NSAID)で十分な効果があがらない患者さん に対しても効果が期待できます。

投与の仕方としては、10〜25mgを1日1回、 週に2回、皮下注射する薬です。なお、ご希望 される患者さんで、一定の条件をみたす方では 自己注射も可能です。

重い副作用として、抗TNF療法を受けると、 免疫のはたらきが低下するため、病原体に対す る抵抗力が低下して、感染症にかかりやすくな ることがあります。

又いずれも高価な薬ですが、例えばエンブレ ルによる治療にかかる患者さんの負担(エンブ レルのみの薬剤費で計算した場合)は、3割負 担の場合、1ヵ月4万円前後となります。ただ し、1〜2級の身体障害者手帳をお持ちの方は、 全額あるいは一部が公費負担になります。

2)関節リウマチに対する白血球除去療法
―LCAP療法―

関節リウマチとは何らかの理由で全身の関節 に炎症が起こり、痛みや腫れ、変形を引き起こ す病気です。関節の炎症の原因には炎症を引き 起こす物質(サイトカイン)を放出する活性化 した白血球が関与しています。炎症を引き起こ す活性化した白血球が関節内に入り込むと、関 節内で炎症が起こります。炎症により骨膜が厚 くなり、関節液が増えるために関節が腫れてき ます。活性化した白血球は関節内にとどまり炎 症を長引かせるため、やがては関節内の軟骨や 骨の破壊を引き起こします。(図6)

図6.

図6.

白血球除去療法(LCAP療法)とは血液中の 活性化した白血球を取り除き、炎症をすみやか に鎮める治療法です。つまり、活性化した白血 球が関節内にとどまり炎症を長引かせたり、軟 骨や骨の破壊をはじめる前に除去してしまうも のです。即ち血液を一度体の外に出し、白血球 を除去するフィルターを用いて血液中から関節 の炎症を引き起こす活性化した白血球を取り除 き、浄化された血液を体に戻します。

LCAP療法は、現在服用しているお薬で十分 な効果を得られない関節リウマチの患者さんが 対象です。LCAP療法は現在服用しているお薬 を服用したまま行います。患者さんの状態にも よりますが、LCAP療法を行った後、約1週間 で腫れや痛みが改善します。

実際の治療方法として、一方の肘または大腿 の静脈から血液を一度の外に取り出し、白血球 除去フィルターで活性化した白血球を除去し浄化した血液を反対側の同じ静脈へ戻します。1 回の治療時間は約1時間です。これを週1回の ペースで5回連続して行います。(図7)

図7.

図7.

以上、現在進行中の治療法について述べまし たが、現象が分子レベルで解明され、いずれも その分子を標的とする、必要最小限で選択的な 治療法といえます。この10年間はこの治療法が 主流となると思われますが、次に考えられる治 療法はヒトの遺伝子操作による治療が可能とな ることでしょう。自己抗体の産生機序が解明さ れ、それを制御する事が可能となるでしょう。 つまり、個別の遺伝子の差異が識別され、それ に呼応した治療法が開発されるでしょうし、も っと根元的な遺伝子異常が解明され、遺伝子組 み換えによる十全的な治療法が期待されます。 と同時にリウマチのみならず、癌、糖尿病、老 化現象等も解明され、先駆的な治療法が開発さ れる時代に突入する前の過渡期にあるものと認 識しております。

ある人がふと想い着いたことが、新しい理論 として考案されると、それは仮説ですが、その 時代の新しい技術でそれを実験し、実証しま す。しかる後に新薬として開発され、製造、発 売されることとなります。理論と技術が表裏一 体となり日々の診療を進歩させております。


参考図書:竹内 勤「膠原病・リウマチは治る」文春新書、 平成17年9月20日発行