小児科医である筆者が、成人向けの禁煙外来を担当することになったのが6年前。現在まで継続してはいるが、思うような結果を出せないでいる。ニコチン代替法はそれなり効果はあるが、禁煙の導入に成功しても再度喫煙を始める大人を数多くみてきた。フォローアップが不十分なためであることは自明であるが、それにしても染みついてしまった悪い習癖から脱却することがいかに困難かを思い知らされている。4年前から偶然小中学生の喫煙防止教育のための講演をするようになったが、小学生の低学年からすでに喫煙が始まっている現実は、看過できない問題だと思わざるを得ない。たばこをやめさせることも大切だが、吸わせない教育もそれ以上に大切なことと今は考えている。小児科医の立場からこども(小中高生)の喫煙の問題について述べてみたい。
1.小中高校生の喫煙率
1)小学生の喫煙率
全国規模のデータがなく、報告者によってさまざまであるが、概ね小学生5・6年生の喫煙経験率は5〜15%、習慣化(連日喫煙)は0.13%〜1%。筆者らが浦添・宜野湾市内4校から得た資料では、喫煙経験児率は3.85%、習慣化は0.5%であった。
2)中高校生の喫煙率
男子中高生の30日以内の喫煙率
女子中高生の30日以内の喫煙率
厚労省「未成年者の喫煙および飲酒行動に関する全国調査」
2004年による
この30日間に1日でも喫煙経験がある者の割合であるが、そのうち黒塗り(数値も)は連日喫煙者の割合。平成16年は喫煙者が激減している。その原因として、携帯電話の普及が小遣いを圧迫したためではと報道されたが、それだけが原因かどうかはわからない。
2.喫煙のきっかけ
小中高生を通して、「好奇心から」というのが多く、ついで「なんとなく・いたずらで」「友人・先輩に勧められて」など。小学生については「家族に勧められて」が意外とあり愕然とさせられる。
3.たばこの入手方法
小学生は「自分の家」「友人・上級生」が多く、ついで「自動販売機」、少数ではあるが「コンビニ」など。中高校生になると圧倒的に「自動販売機」、ついで「コンビニ」「友人」「スーパー」など。特に自動販売機からの購入経験者は80%近い。
4.主な喫煙場所
H13年総務省青少年対策課発表によると、中高生の場合、公園・路上が24 %と一番多く、次いで自宅・友人宅、カラオケボックス、飲食店、ゲームセンター、学校(3%)の順。対象者が少なく調査方法も違うため比較はできないが、県内某中学2校の資料によると、公園・路上が一番で、学校内で喫煙したことがある生徒が2番目に多く(32%)、全国の傾向と異なっている。
こどもの喫煙の問題は、成人の喫煙と違って、心身両面に大きな影響を与える点だと思う。成長期の只中にあるこどもたちは、薬物や有害物質の作用に反応しやすく、また、若年ほどニコチン依存になりやすいことはよく知られており、そのため早期の喫煙は長期喫煙者となりがちであるし、当然身体への影響も大きくなる。60歳までに肺ガンで死亡するリスクは、非喫煙者に比して26歳以降で喫煙を始めた場合は7倍、15歳未満で始めた場合は30倍もあるといわれている。(がん研究振興財団発表)
また、知的・精神発達への影響についてももっと強調されてもいいと思う。計算力、読解力、記憶力の低下、あるいは集中力の低下、無気力、"キレル"など情緒の障害、喫煙から脱却できないことへの敗北感や自己否定等が人格形成に微妙な影響を与えているという指摘もある。
では、こどもの喫煙を容易にしている原因はなんであろうか。現状から見えてくるものがいくつかある。まず、家庭の問題。こどもにたばこを買いに行かせたり、たばこを容認する態度をみせる家族がおり、それが喫煙に対する罪悪感を薄れさせている結果となっている。それと、副流煙がすでに潜在的なニコチン依存を作り上げている可能性もあると思っている。実際、家庭内喫煙者の有り無しで、こどもの喫煙率に2.4倍もの差があるといわれる。
喫煙のきっかけで最も多いのが「好奇心から・何となく」であるが、そのことは、たばこの害や依存性について正しく認識していないことを意味し、家庭や学校を含めわれわれ大人が教えてこなかった責任もあると思う。好奇心をあおるたばこ会社の戦術も問題。
大きな問題はまだある。容易に手に入る点だ。入手方法で一番多いのは自動販売機であるが、誰もが制限なしに買えるということは、こどもがたばこを買うことを容認しているといわれてもしょうがない。販売時間制限が設定されているとはいうものの、未成年のたばこ購入本数は減っていないことが厚労省からすでに発表されている。ちなみに本県のたばこ自動販売機の許可台数は人口当たり全国一だそうである。
(沖縄タイムス記事)
喫煙場所の問題もある。学校内で喫煙する生徒がいるということは、学校現場の喫煙防止対策が不十分ということだろう。敷地内禁煙を実践している学校は全国的に増えてきているが、本県においてはまだまだ極めて少ない。
こどもの喫煙の問題を解決するには、吸わせない教育、吸えない環境、禁煙指導、この3つの要素をクリアしなければいけないと思う。まず、吸わせない教育について。喫煙開始年齢の低さを考えると、小学生低学年から喫煙防止教育を始めるべきで、しかも、中高生まで反復継続する必要があるだろう。というのも、小学生への教育介入のみで、はたして数年後まで喫煙意思を抑制できるかどうか疑問視するむきもあるからだ。また、保護者の認識の低さも問題。喫煙防止教育は父兄参加型にすべきだと感じている。
吸えない環境作りに関して。まず自動販売機の撤廃、コンビニ・小売店での販売制限、たばこ価格の値上げ、学校敷地内禁煙の早期実行、路上喫煙禁止条例の制定を行うべきだと思う。これらは決して実現不可能ではない。現に一部の地域では実際に行われている。自動販売機について、中国では2005年全面設置禁止に踏み切ったそうである。本邦はというと、2008年から成人識別機能付き機器が導入されるそうで、一見画期的なことのようにみえるが、根本的な問題を回避しているだけでなく、時代に逆行していて話にならない。
もうひとつ。不幸にしてすでに喫煙してしまったこどもたちの救済も考えないといけないと思う。成人と違って、こどもの禁煙指導には少なくとも教諭(養護)、保護者、医療従事者(医師)の3者の協力が必要であると考えている。しかし、実際に児童生徒が禁煙外来を受診するケースは少ない。喫煙=非行という図式が暗に成立しているためか、後ろめたさや罪悪感をいだいている喫煙児が、堂々と禁煙したいと言い出せない状況があると思う。偏った先入観を廃し、喫煙はニコチン依存症というれっきとした疾病であるという共通の認識をみんなが持つべきで、そこからはじめて禁煙指導がうまくいくと思う。
2005年の世界禁煙デーのスローガンは「たばこに対して医療の専門家は行動し答えを出そう」であった。冒頭でも述べたように、禁煙指導と喫煙防止教育はたばこ根絶運動の両輪だと思う。そして私たち医療従事者はその両方にたずさわることができる。今こそ、科を乗り越えてすべての医師がたばこの問題について考え行動するべき時にきていると思う。