人は、憲法で幸福を求める権利が保障されています。この権利は、他人に迷惑をかけない限り、公共の福祉に反しない限りにおいて尊重されるというただし書きがあります。自由意志でもって、他人に迷惑をかけないように、いくつかの選択肢の中から自分の行動を決めていきます。「自己決定権」と呼ばれます。
この十数年の間に、医療に対するものの見方が大きく変わってきたことにお気づきのことと思います。過去の、医師や病院まかせの医療から、患者さんにとって最も良い医療を自らが選ぶ、患者さんと家族のための医療という変化です。
医療を提供する側は、患者さんに予測される病気の性質や検査の目的、手技、手順などについて詳しく説明するだけではなく、検査や治療を受けなかった際の不利益についての情報も提供することが義務づけられています。
そこで患者さんにも「自己決定」に伴う責任が生じます。病院へ行こうか、行くまいか。どこの病院にしようか。検査、治療を受けるか、経過を見るか。リハビリの種類は。手術か、抗がん剤か、放射線治療か。入院での治療か、在宅での療養か。徹底した治療か、緩和医療か。尊厳死を求めるか…。
筆者自身も消化器のがんで手術を受けたことがあります。示された治療手段の中から、傷の大きさにはこだわらず、痛みは我慢するので大きな傷での徹底した手術をお願いしました。この選択が正しいかどうかではなく、治療の成績に大差がなければ、自分自身はどれを選ぶかの問題です。
病気になって初めて、この「自己決定権」について考えると、大きな負担になります。日頃の健康な時から、これらのテーマを家族や友人と話し合っておくことが大切です。何でも相談できる「かかりつけ医」を持つことも必要でしょう。「かかりつけ医」は、要望に応えて、「セカンド・オピニオン」で、その道の専門医の意見へとつなげます。
日頃から考える自らの「死生観」。「かかりつけ医」。「セカンド・オピニオン」。正確な情報と分析が正しい自己決定権の行使へのキーワードとなります。