わが国の皆保険制度は1961年に始まり、以後医療費は50年で86(物価換算23)倍に急増しています。原因として診断技法や手術、高価な薬剤などの治療手段の進歩が挙げられますが、高齢者人口の増加が最大の要因であるといわれています。さて、経済協力開発機構(OECD)の2009年の報告によれば、わが国の医師数は人口千人あたり2人で英国の8割程度、医師不足の状況にあります。一方、国民1人あたりの年間受診回数は英国の3倍もあり、過剰医療の状況です。少ない医師数で質の高い医療を提供することは医師の労働条件悪化に、受診回数の増加は医療費増加につながります。
なぜこのようなことが起きるのでしょうか? それはわが国の保険制度では「血圧が下がらないから薬を変えてほしい」「薬を3日飲んでも咳(せき)が止まらない」などの理由で複数の医院を受診できるからです。
これに対し、英国では体調が悪い場合、まず予約をとってGPと呼ばれるかかりつけ医に診てもらいます。GPは日本の診療所の医師にあたり、地域の住民2千人程度を担当、日頃の健康指導まで行います。GPは幅広く病気を診ることができ、治療が難しく高度な医療が必要な患者には、専門医を紹介します。患者および医師に枠を設けて計画的に医療を行う制度になっているのです。
昨今、わが国では医療費増加は社会保障の危機を招くとの懸念から、いろいろな医療費抑制政策が行われています。入院期間によって病院に支払う金額を決めるのもその一つで、長く入院させるほど病院の収入が減ってしまいます。
しかし実情にそぐわないこのような政策により、地域の中核病院の中には、経営難で機能を十分に果たせず閉院に追い込まれるところも出てきており、地域医療の崩壊につながっているとの声も上がっています。
医師と患者は互いの意思疎通をはかり、医師は地域と関わり、国は地域の実情をしっかり捉える。医療体制は異なっても、良質で効率的な医療を享受するために「ゆりかごから墓場まで」の英国に学ぶべき点は多いのではないでしょうか。