最近「分子標的治療薬」という種類の薬が立て続けに開発され、がん治療の現場に革命を起こしています。文字通り「分子」を「標的=ターゲット」にして、やっつけてしまおうという治療です。
ここで言う「分子」とは、主にがん細胞だけにある、特殊なタンパク質や遺伝子のことです。がん細胞だけをターゲットとするため、これまでの治療法と比べ、身体の正常な部分への悪影響、つまり副作用が少ないことが期待されてきました。
従来の抗がん剤治療は、一部の悪人=がん細胞をやっつけるために、無差別の空爆を行うようなものです。空爆を徹底的に行えば、がん細胞を全面的にやっつけることはできますが、罪のない一般人=正常細胞にも、少なからず被害を及ぼすことは避けられません。
一方、無差別攻撃の抗がん剤治療と異なり、がん細胞だけをターゲットに、ピンポイントのミサイル攻撃でやっつけようとする方法が分子標的治療です。
この治療は、脱毛、吐き気や免疫力の低下など、これまでによく知られている抗がん剤の副作用は、一般的にありません。正常細胞への悪影響が少ないのです。
しかし、分子標的治療に決して副作用がないわけではありません。この治療には抗がん剤とは異なる特殊な副作用があることも分かっています。
例えば、アレルギー反応や間質性肺炎、消化管穿孔(せんこう)など、ときとして重篤な副作用が現れることもあります。
現在、すでに乳がん、悪性リンパ腫(しゅ)、白血病、肺がん、大腸がん、消化管間葉(かんよう)系腫瘍(しゅよう)などで積極的に数種類の分子標的治療薬が使用されており、素晴らしい効果を挙げています。
一方、すべてのがん種に対応する分子標的治療薬があるわけではありません。同じがん種でも、個々の患者さんで、ターゲットとなる分子を持つ場合と持たない場合があります。
例えば、ある特殊なタンパクを持つ乳がんの患者さんには、トラスツズマブという素晴らしい分子標的治療薬を使用することが可能です。
しかし、そのターゲットとなる特殊なタンパクを持つ乳がんの患者さんは、乳がん全体の約30%しかいません。
今後はさらに研究開発が進み、より多くのがん種で、より多くのターゲットが発見されるでしょう。そして、より多くの効果と、より少ない副作用の分子標的治療が続々と登場することでしょう。
二十一世紀のがん薬物療法は、分子標的治療が主役となります。これからのがん治療は、それぞれのがん細胞の性格に合わせて、個別化治療が進歩していくと期待されています。