沖縄県医師会 > 健康の話 > うちなー健康歳時記 > うちなー健康歳時記2007年掲載分 > トートーメーの悩み

トートーメーの悩み(2007年4月3日掲載)

鈴木 信(琉球大学医学部)

お年寄りの訴えを聞く

相談乗り老人性うつ病防ぐ

Kさん夫婦は沖縄本島の中部、北谷町に住んでいる。おじいは八十九歳の学識経験者であり、優れた才能の持ち主である。八十五歳になるおばあと二人暮らしの生活が続いている。五人の子どもには恵まれたものの全員女子で、男子がいない。

沖縄では、家督・位牌(いはい)(トートーメー)の相続人は普通、男で、しかも長男が継承することが多い。トートーメーは女性では継げないし、娘の夫たちに引き継ぐ権利はないとする風習がいまだ根強いからだ。そこでおいが生まれたときにK夫婦の養子として入籍した。ところが養子は高度の知的障害で扶養能力もなく、相続人となり得ないことが分かった。

このままではいわゆる「お家断絶」であり、おじいにとっては深刻な悩みを抱え込むことになった。ところが、二、三カ月前からおじいの態度が変調を来した。おばあが、近所に買い物に行って、お総菜などの材料などを買って帰ってくると、おじいはおばあに向かって、「どこをほっつき歩いているんだ、色気違いめ」と怒鳴り散らし、おばあは買い物にも洗濯にも行けなく、涙に明け暮れる日々になったという。

ところが、おじいはおばあ以外の人がいるときは、実に機嫌が良く、孫に「早く結婚しなさい」とか「早く腕を磨いて立派になりなさい」とか言い、ひ孫には「おお、大きくなったね」といって、頭をなで、お小遣いを渡す優しいおじいであるという。

おじいを脅迫しているこのような観念は、嫉妬(しっと)妄想とか、被害妄想とか言うべきものである。老年期のうつ病の始まりかもしれない。おじいは最近は手足や腰が痛むとのことで、歩行が少々不自由な状態になってきているが、それ以上の身体的障害はなかった。本を読み、新聞を読み、テレビを見るのだから、認知症というわけではなかった。しかし教職の仕事を退いたおじいにとって、家計のやりくりは年金だけに頼らざるを得ない。年を取るとともに親しい周囲の友人たちが減っていくのはどの老人でも共通に持っている問題である。

しかし、医学的に特に取り立てて問題にすることはなかろうとして、軽視するような対応をすると、おじいの心の悩みは一向に解決しない。それどころか、グソー(あの世)に言ってからも、ウヤファーフジ(先祖)からつまはじきにされたり、クァンマガ(子孫)からもウガン(祈願)されることもなくなるだろうとの考えが彼の頭いっぱいにのしかかってくるものと思われる。

このようなときには、心の癒やしが必要であるから、老人の訴えをじっくり聞いて、相談に乗ってあげることが必要なのである。そうしないと、老人性うつ病を助長することになり、本格的な精神科医療が必要になってくるかもしれない。

自殺などの大きな問題が起きてからでは遅い。老人自身も、周囲の人たちも、老人の微妙な変化をとらえて、体だけではなく、心の動きを知って、老人の生きがいを引き出すような精神衛生管理をしておくことが必要なのである。