ある日、二歳の子を連れたお母さんが相談に来られました。「この子、まだしゃべらないのです。私たちが言っていることは何でも分かっているようなんですが」―一見したところ異常はありません。診察をしても問題はなく、知的発達の遅れもなく、聞こえが悪い(難聴)わけでもなさそうです。
いろいろお話しするうちに、“赤ちゃんのころから一日何時間もビデオを見ている”ことが分かりました。私はお母さんに「一、二週間ビデオやテレビをストップしてみませんか」とお話ししました。
一カ月後再会しましたら、「先生、もういろいろしゃべりだして止まりません」と、うれしそうになさっていました。原因は情報の一方通行で、この子にとって単にしゃべる必要がなかっただけというわけです。この事例は極端なものですが、似たような話は多く聞かれます。
さて、メディアといえばテレビ・ラジオ・新聞がその代表でしたが、ビデオやテレビゲームが加わり、パソコンやケータイ、そしてそれを使ってのインターネットが急速に普及しています。もうひとつ、日本に特有なのが週刊・月刊または単行本になっているコミック誌です。次々に新しいものが世に出てきますが、われわれは以前からのものを捨て去ることなく、加えて利用しています。
必然的にメディアへの接触時間が長くなりますので外遊びや睡眠、そして家族間のコミュニケーションの時間が少なくなります。その弊害が子どもたちの体や心に現れてきています。
まず赤ちゃんですが、母乳やミルクを飲ませてもらうとき七割のお母さんはテレビやビデオを見ながら、もしくはメールをしながらなのです。お座りができるようになると赤ちゃん自身がビデオに子守をしてもらっています。一歳を過ぎるころには自らビデオデッキを操作し繰り返し見るようになります。三歳にもなるとテレビゲームもできます。小学生だとゲームは当たり前、インターネットで楽しむ子もでてきます。高学年になるとケータイを持っている子も増え、コミック誌を読み続ける子も多くみられます。
いずれにしても、問題はメディアの側だけにあるのではないということです。メディアから発信される情報は基本的に一方通行です。メールなどは双方向ですが、実際に相手の顔は見えないため、ちょっとした表情の変化や言葉のニュアンスなど細かな部分は伝わりにくいものです。
それだけに、メディアを利用するほうがしっかり選択しなければなりません。ほとんどの場合、それを子ども自身が行うことはできませんし、学校で教えてくれるわけでもありませんので、親が一緒に行う必要があるわけです。繰り返しになりますが“子どもだけで”メディアに接触させることは危険だということをご理解ください。
日本小児科医会が二〇〇四年一月に出した提言を紹介します(表)。これらの基本にあるのは親と子が直接接触する時間を増やしましょうということです。