ここ数年スポーツ選手などの有名人が、長距離の飛行後に肺塞栓(そくせん)症という病名で入院するニュースがよく聞かれます。この病気は別名エコノミー症候群と言われています。
しかしわれわれ循環器医がこの病名の患者さんをみると、実際には飛行機と全く関係なく発症している人がほとんどです。この病気は一般に考えられているよりも身近な病気であり、寝たきりの人や手術後の患者さんにも多く見られます。従来日本人には少ないと考えられていたのですが最近では欧米での発生率に追いつきつつあるという現状から、当院ではこの肺塞栓の発症に対し院内対策委員会を発足させ積極的に予防に努めています。
発症したときの症状として突然の胸痛・呼吸困難・意識消失などが挙げられます。中には急速に呼吸や心臓の拍動が完全に停止するようなショック状態に陥り原因も不明のまま亡くなられる方もいます。一度発症すると非常に重篤でかつ急速に命を奪う病気ともいえます。着陸後の飛行機から降りようと立ち上がって歩いたときや、手術後初めて自力でトイレ歩行したときなどに発生が多いと言われています。
次に原因ですが、大多数の人が長期の安静などにより下半身に血液のよどみが起こり血栓(血の塊)ができることにより発生します。この血栓を深部静脈血栓症といいますが、中にはこの状態で診断される方もいらっしゃいますし、血栓が血管の壁からはがれて血液の流れに沿って肺に詰まる肺塞栓症となって診断される方もいらっしゃいます。
肺に詰まる前に診断されれば軽症で済むことが多いですが、まずはこの血栓ができやすい状況を作らないよう予防することが大事です。
血栓ができやすい条件として、(1)長期の安静(長時間のドライブ、飛行機、手術後、寝たきり状態など)(2)腹部血管の圧迫(肥満、腫瘍(しゅよう)、妊娠)(3)下半身の外傷(4)生まれつきの体質―などが考えられています。これらが複数重なる状況が起こればますます危険と考えられるので、まずは(1)の長期の安静を避け、長時間のドライブや飛行ではなるべくストレッチをし、水分をしっかり摂(と)って脱水にならないようにするなど下半身の血流を保つよう努力しましょう。
病院内でも手術後、長期の集中治療中の方などには発生しやすいことが分かっていますので、(当院では)下半身の骨折や腹部の手術など術後安静を余儀なくされる患者さんには、弾性ストッキングという硬い靴下や血をサラサラにする薬剤を用いて発生を予防するように努めています。
100%予防できるわけではありませんが、血栓ができるかもしれないと絶えず警戒することにより、当院での発生は減少傾向になってきています。沖縄県では若者の食生活が比較的欧米化していることもあり、今後の増加が心配されます。一度発生するとその死亡率は非常に高く、予防が一番の病気ですのでスポーツ選手のように元気な方であっても油断できない病気の一つとしてご理解ください。