日本では、年間百万人が死亡し、そのうちの三十万人が悪性腫瘍(しゅよう)で亡くなる時代になっています。手術、化学療法、放射線等の治療と並行して、がんと診断された時から全治療経過を通して、その人らしさを支えながらさまざまな症状のコントロールを行い、患者さんのみならず家族をも支援していく治療・ケアが緩和医療です。以前は緩和医療は、「ターミナルケア」「終末期医療」と同義語と考えられていましたが、多くの患者さんのQuality Of Life(QOL=生活の質)を大幅に改善した実績から、現在では、がんの診断時から治療中にも継続的に行われるべき治療と考えられています(図)。
世界保健機関(WHO)は一九九〇年に緩和医療について次のように定義しています。「緩和医療とは、治癒を目指した治療が有効でなくなった患者に対する積極的な全人的ケアである。痛みやその他の症状のコントロール、精神的、社会的、そして霊的問題の解決が最も重要な課題となる。緩和ケアの目的は、患者とその家族にとってできる限り可能な最高のQOLを実現することである。終末期だけでなく、もっと早い病期の患者に対しても治療と同時に適用すべき点がある」。緩和ケアの現場では、患者さんの苦痛を身体的な痛みのみならず、精神的、社会的、霊的な苦痛の合わさった全人的苦痛(トータルペイン)としてとらえます。
身体的な痛みやその他の症状には、モルヒネを代表とする「医療用麻薬」を中心とした痛み止めやその他のさまざまな薬による治療がなされます。医療用麻薬を使うと頭がおかしくなる、中毒になる、寿命を縮めるなどといった誤った考えを持っている方が多いようですが、実際には医療現場では正しい使い方で極めて効果的に痛みが除かれ、現在の痛みの治療には欠かせない薬剤です。
精神的な痛みは、がんにかかったことや治療に関連して起こる不安や抑うつ状態(気分の落ち込み)などで、これに対して抗不安薬や抗うつ薬などが使われたり、カウンセリングを通して苦痛の緩和を試みます。
社会的な苦しみとは、経済的な問題や仕事や学校へ通うことができない、社会的責任を果たすことができないなど対社会的関係から起こる悩みや苦しみで、メディカルソーシャルワーカーの役割が重要です。
そして霊的な痛みは、一般的には生きる意味や目的への問いかけなどで、その個人の「人生観」「社会観」「死生観」とかかわり、時として宗教家がケアに携わることがあります。
このように痛みをトータルペインとしてとらえるということは医師一人でできることではなく、看護師、薬剤師、栄養士、理学療法士、心理療法士、ソーシャルワーカー、宗教家、ボランティアなど多職種によるチームによってなされます。がんの進行度にかかわらず、がんに伴うさまざまな苦痛を取り除き、患者さんにとってできる限りの「生活の質」の向上を実現するために、患者、家族、医療スタッフが情報を共有し、患者さんの希望に沿って積極的に援助を行うのが緩和医療であることを理解していただきたいと思います。