海外旅行の季節がやってきました。日本人の海外旅行者は年間一千万人を超え、最近ではアジアが人気のようです。旅行は大変楽しいものですが病気になるとせっかくの楽しみが半減します。欧米以外の海外旅行で最も多い病気は旅行者下痢症と呼ばれるものです。これは名前のごとく、原因はなんであれ旅行中にかかる下痢症をまとめて指します。
途上国への旅行では一カ月間の滞在で旅行者下痢症にかかる割合は30―80%と報告されています。原因は細菌、ウイルス、原虫などがありますが、その90%が細菌です。その中で毒素原性大腸菌が最も多く見られます。これは生もの(野菜、果物、魚介類など)や加熱不十分な食品・飲料水などが原因となりますが、汚染された他人の手指を介して感染することもあるので注意が必要です。
症状は体内に入ると一―三日ほどで下痢がでます。通常は三日程度で治まりますが、七日以上続く場合もあります。基本的に発熱は認められません。毒素原性大腸菌による健康な成人の重症化や死亡などはめったにありませんが、小児や高齢者は脱水などのため影響は強いものになります。そのほかにサルモネラ菌、赤痢菌、チフス菌、コレラ菌も原因となります。これらは感染力および症状も強いため、わが国では感染症法により届け出が義務付けられています。
旅行医学を専門とする学会では旅行者に十分な説明を行った後に抗菌薬を処方し、発症時に旅行者自身の判断による自己治療を認めています。しかし、アジアを中心として抗菌薬に耐性の菌が急増していることが問題となっています。また抗菌薬を飲んだ後は耐性菌の場合でも、検査で検出できなくなることがあり、その後の追加治療が難しくなることがあります。
最善の対策はこれらの地域への旅行の際、現地の衛生状況を把握し、感染する危険のある行為を努めて避けることです。具体的には生もの、水、氷は絶対避けます。生野菜も避け、ビタミンの補給にはビタミン剤を持参します。日常の飲料水、「歯磨き」にも煮沸した水を冷却して持参のポットに保存して使用します。菌を殺すのに必要な加熱時間は八十度以上の温度で一分以上が目安です。海外では水道栓に「HOT」と表示があっても温度が低い場合が多いので、自分で行う煮沸が安心です。ステーキの焼き加減はもちろん、「well done」のみです。
滞在中や帰国時に下痢症状を自覚したら、菌によっては影響が大きいこともあるので国際空港の検疫所で正直に申告しましょう。
楽しい旅行の最終日の夜、緊張もほぐれ旅の思い出にと雰囲気のあるバーで仲間と静かにグラスをかたむける。「水割りなんてやぼったい、ここはロックで楽しむのが通というもんだ」と気取りたい皆さま、芳醇(ほうじゅん)に熟成された菌が氷の中で静かにその時を待っているかもしれません。これは、昨年、旅行者下痢症を経験した私の同僚の体験に基づいています。最後まで注意したいものです。