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湿潤療法(2006年5月2日掲載)

山里 将仁(那覇市立病院)

傷は「ジクジク」で治す

消毒薬より水洗い丁寧に

元気な子どもには生傷が絶えません。どこの家庭にも、消毒薬やガーゼ、傷薬があると思います。でも、これらが傷の治療に必要ないというお話です。

今までは「消毒し、薬をつけてガーゼをあて、乾燥させる」のが治療の常識でした。でも、これは傷にとっては害なんです! 写真を見て頂くと分かるように、消毒薬もガーゼも使っていないのにこんなに早く傷が治りました。どうしてでしょう。「消毒は有害! 傷は乾かすと治らない!」俄(にわか)には信じられない話ですがこれが事実なのです。

消毒とは゛ばい菌を殺し、感染を防止すること゛です。普通、飲み水を消毒する時煮沸するように、一〇〇度ではほとんどのばい菌は死にます。しかし、一〇〇度の熱湯を傷にかける人はいません。ばい菌は死ぬかもしれませんが、やけどで自分の細胞も壊し、ひどい目に遭うからです。消毒剤による消毒も同じです。正常な皮膚では、表皮の角質層が消毒薬の侵入を防ぎ問題ありませんが、表皮の壊れた生傷では、ばい菌と一緒に正常な細胞まで殺します。むしろ、その被害の方が甚大です。消毒は傷にしみて非常に痛い。これは゛止(や)めてくれ!゛と体が悲鳴を上げているのです。「消毒しないと、化膿(かのう)するんじゃないですか?」との声があります。化膿には一グラムあたりに十万個から百万個以上の細菌がすみつくことが必要です。ところが、傷の中には砂などの異物があると、百個の細菌でも化膿することが実験で分かっています。またヒトの皮膚には常在菌がいます。消毒で菌が一時的にいなくなっても、一時間もすれば、また傷の表面は菌だらけになります。とすれば、感染予防にはばい菌を殺すより、異物を除去する、つまり水道水などで傷をよく洗うことがとても大切なのです。

゛傷は乾燥させたら早く治る゛。ヒポクラテス以来の言い伝えの様ですが、最近の研究から傷は湿潤環境で早く治ることが分かりました。傷の中のジクジクには身体を治そうとする生理活性物質が入っているのです。白血球などは、その中で細菌と戦い、血小板が分泌する細胞成長因子はジクジクの中にあるのです。これは、周囲の血管の細胞、線維の細胞、上皮の細胞に働いて、壊れた部分を修復し、傷を治癒に向かわせます。だから湿潤環境で、傷は早く治るのです。傷を乾かすと、この過程が全て阻害されます。つまり、゛傷を治す細胞を壊す゛消毒をやめ、゛傷を癒やすジクジクは無くさない゛―これが湿潤療法の考えなのです。

どうしたらこの様な治療ができるのでしょうか?

現在医療現場では、傷に当たる面は滲出(しんしゅつ)液(ジクジク)を保持し、水蒸気を適度にとばしつつも水分は直接逃がさない構造になった創傷被覆材が提供されています。これで、湿潤環境に保ち治癒を促進するのです。写真の症例は以上のような方法で治療したものです。かさぶたもできず、痛みがほとんど無いのもこの治療法の特徴です。

ところが、この考えは今までの常識と全く異なっているため、必ずしも多くの医師や看護師に知られている治療法ではありません。ましてや、傷から汁が出ることは患者さんにとって非常に不安でしょう。消毒もしてくれないのでなおさらでしょうか。しかし症例でも分かるように、この方法が論理的で有効なのは明らかです。

湿潤療法の普及に努める夏井睦氏のサイトhttp://www.wound−treatment.jp/や同氏の著書『さらば消毒とガーゼ』などを参考に、新しい傷の治療法を勉強しましょう。