外科手術成績の向上は手術手技の進歩とともに、輸血学の確立や血液の安定供給に負うところが大きい。しかし、献血血液の安全性に対する不安が払拭(ふっしょく)できないこともあり、自己血輸血が普及してきた。
自己血輸血は心臓血管外科や整形外科を中心に発達し、近年では泌尿器科、脳神経外科などでも積極的に行われ、同種血輸血の回避に大きく貢献している。特に心臓血管外科手術の多くは体外循環を使用するため、従来、同種血輸血が必須と考えられてきた。しかし自己血輸血の普及とともに、同種血輸血回避の気運が高まり、同種血輸血を行わずに手術するケースも珍しくなく、無輸血手術も困難ではなくなっている。
不足した血液を補充するという同種血輸血の本来の目的はほぼ達成されている一方で、種々の副作用も知られている。最も問題となる肝炎、エイズなどの輸血後感染症は、ウイルス抗原・抗体検査の精度向上、核酸増幅検査(NAT検査)の導入で安全になってきているが、現行スクリーニングの限界、未知のウイルスの存在を考えれば、完璧(かんぺき)に安全ではあり得ない。
輸血副作用に対する最善の防止策は、同種血輸血の回避であり、そのためには、手術時(周術期)の出血に対応し得る必要十分量の自己血を準備することである。
自己血輸血には術前貯血式、術直前(中)希釈式、術中回収式自己血輸血の三種類があり、そのうち、手術まで時間的余裕のある場合は術前貯血式が最も汎用がある。また、採血による貧血からの回復を促すため鉄剤やエリスロポイチン製剤を投与すれば貯血量を増やすこともできる。心臓血管外科領域の最近の報告によると、冠動脈バイパスを含む通常の開心術で平均八百ミリリットル〜千二百ミリリットルを術前に貯血し、術中回収式も併用すると同種血輸血回避の割合が60%に上昇している。出血量の多い大血管手術や再手術においても、三分の一の同種血輸血回避が可能であるとの報告もある。当院でも術前に千二百ミリリットルを貯血することで、弁手術や冠動脈バイパス術では80%以上で同種血輸血の回避に成功している。
自己血輸血は自ら手術に参加するという気概が生まれる上、同量の同種血輸血と比べ、コスト面でも節減でき、医療経済上も有効である。しかし、理想的と考えられるこの方法にも問題点はある。医学的には採血時の細菌汚染や血管迷走神経反射、貯血許容量の限界、血液の誤確認等々であり、社会的にはその体制の煩雑さがある。無菌性の保持と採血システムの確立が整えば安全で質の高い自己血輸血が行える。
少子高齢化で手術を受ける高齢人口が増加、一方で献血人口が減少し、血液の安定供給に危機感が出てきているため、今後、自己血輸血は標準的な医療になると予想される。しかし、その推進には個々の外科医の努力のみでは限界がある。重要なことは病院内の輸血業務の体制確立とともに、患者サイドも自己血輸血がいかなるものなのか、同種血輸血との違いは何なのか、両者の得失を十分理解し、手術に際しては自己血輸血を要望することである。
<訂正>
11日付夕刊6面の「うちなー健康歳時記」中、周産期メンタルヘルス研究会のホームページアドレスに誤りがありました。正しくはhttp://www.hac.mie−u.ac.jp/PSI_JAPAN/top.aspです。