五十九歳男性、二〇〇四年五月、突然右肩が痛くなり、そのうち肘(ひじ)から手にまで痛みが広がってきました。某病院を受診したところ、磁気共鳴画像装置(MRI)検査で頚椎(けいつい)のヘルニアが見つかりましたが、「程度は軽いので、痛み止めで様子を見てください」といわれました。ところが痛みはさらに激しくなり、痛み止めもまったく効きません。
彼はもう一度病院を受診しました。今度も同様な診断でした。しかし、痛みは一向にやむ気配がなく、何かに触れるだけで痛みが走ります。痛くて右手でものを持つこともできません。ここで主治医は通常の経過と違うことに気づいて、ペインクリニック(痛みの外来)を紹介しました。
私の診察室を訪れた患者さんを診察してみると、右腕になにも触れないよう左手でかばっています。右の五本の指が腫れて、こぶしを作ることができません。無理に指を曲げさせると激しい痛みが走ります。やむことのない痛みのため睡眠は不足がちで、一日中元気が出ません。手のレントゲン写真では右手の骨が薄くなっています。またサーモグラフィー検査で手の温度を測ると、右手の温度が極端に高くなっています。
症状の経過とこれらの検査結果から「複合性局所疼痛(とうつう)症候群」と診断し、星状神経節ブロック療法を開始しました。はじめの一カ月は毎日治療を行い、痛みの軽減に伴ってしだいに治療間隔を延ばし、三カ月で日常生活に支障のない程度にまで回復しました。この例は比較的経過の良好な例です。この症候群の中には治療してもどんどん進行して、腕の機能が廃絶してしまう場合もあり、予断を許しません。
このような痛みを見分けるためには、痛みのタイプについて知っておく必要があります。
第一の痛みは有益な役割を持っていて、身体に危機が迫っていることを知らせる警告反応です。例えば骨折すると激しい痛みが生じます。少しでも動かすともっと痛くなるため、動かさずにじっとしています。患部を動かさぬようにと強制的に知らせています。この痛みは安静にして治癒させるために役に立つものです。患部が治癒すると自然に消失します。
次の第二の痛みは無益で有害なものです。傷が治っても慢性的に続きます。痛みを我慢してほっておくと悪化し、たとえ傷が治っても痛みだけが激しく続きます。原因が治っているはずの時期を過ぎてもまだ痛い場合は、この痛みを疑いましょう。痛みを感じた神経はその末端から発痛物質(痛みを起こす物質)を分泌します。この物質が患部にたまってさらに痛みが強くなるという「悪循環」を起こします。
またこの物質は痛み以外にも、むくみ、血行障害、しびれた感じ―などをもたらします。痛みは自律神経にも影響して身体に防御反応を起こします。この反応が強すぎるときには「クーラーで冷えると痛む」「患部が冷える」「患部からの発汗が増える」―などの症状を伴います。以上のような随伴症状のあるときはペインクリニック受診が必要か、主治医と相談する必要があります。