沖縄県医師会 > 健康の話 > うちなー健康歳時記 > うちなー健康歳時記2005年掲載分 > 赤ちゃんの咳

赤ちゃんの咳(2005年3月1日掲載)

吉田 馨(かおる小児科)

痰を気道外に出す役割

むやみな咳止めは逆効果

冬場は風邪が流行するが、小児科外来では、症状として発熱とともに多く見られるのが咳(せき)である。元来、咳というのは気道(呼吸の際の口から肺までの空気の通り道)内に貯留した異物(侵入物質など)や分泌物を排除するという、人体にとっては重要な防御機能(肺の番犬とも言われている)を担っているため、一概に咳止めで止めればよいというものではない。「咳を止める」場合には、その必要性を十分に考えるべきである。

止めるべき咳とは、痰(たん)を伴わない乾性嗽咳(がいそう)の場合や、痰を伴う湿性嗽咳の場合は、咳により体に不利益が生じている場合である。つまり、頻発する咳でおう吐や睡眠障害、食欲不振などが認められ、さらに身体的消耗が激しくなったり、低酸素や失神など呼吸循環障害を来したりしている場合などである。したがって、よほどでない限り、湿性嗽咳の場合は強力な咳止めを使うべきではない。

正常の気道では、異物の除去や、吸気の湿度と温度補正のため、一日に五十―百ミリリットルの生理的気道液が生産されるが、気道粘膜での再呼吸、呼吸運動に伴う蒸発などのため、のどまで達するのは一日約十ミリリットルぐらいで、これも無意識のうちに食道の方に飲み込まれてしまう。気道液が生理的レベルを超えて生産された場合に、痰として喀出 (かくしゅつ)されるのである。

その原因としては、一般的には風邪が長引いて気管支に炎症が波及した場合の気管支炎が挙げられる。特に赤ちゃんは抵抗力が弱く気管支炎になりやすい。その場合の痰の化学的組成は、生理的気道液とは異なる場合が多く、喀出されにくくなっている。そして気道内に痰が停滞すると、いろんな障害を生じる可能性があり、特に気道が細い乳幼児では注意が必要である。

例えば、細菌感染を誘発して肺炎になったり、痰を詰まらせて無気肺を合併し低酸素を引き起こしまれに窒息状態になることもある。その際に、咳は痰の喀出に役立ち、それ故に強力な咳止めを使用して咳を抑えるべきではないのである。赤ちゃんの咳が強力な咳止めで抑えられたために窒息を起こし、人工呼吸器の装着を余儀なくされ、回復後も脳にダメージが残った症例もまれながら存在するので、われわれ小児科医も、むやみに強力な咳止めを使用しないのである。

気管支の炎症で産生された痰は、正常時の気道液と違って、咳でも喀出されにくくなっているので、痰を喀出しやすくする目的で去痰剤や気管支拡張剤などの薬剤を内服させたり、蒸気にして吸入させたりしているが、お母さん方には室内の加湿(湯気をたてる、加湿器を使う、洗濯物を干すなど)や、赤ちゃんへの水分補給を適宜行いながら、体位の変換とその後の咳込み時に胸や背中を適度な強さでたたき、赤ちゃんの痰の喀出に協力してもらいたい。咳がひどくて気になる場合は、かかりつけ医にまめに診てもらい、相談して赤ちゃんが不幸な状態にならないようにしてほしい。