頭痛、歯痛、腰痛…。体のどの部分の痛みであっても、本人にとってこれほどうっとうしいことはない。五感のうちで、痛みは最も主観的で孤独な感覚と言われており、親子間でも痛みを共感することは難しい。歯痛を経験したことのない親には、虫歯の激しい痛みを訴える子供の感覚を共有することは困難だ。
ところで、最も幼きころの痛みの記憶、すなわち痛みの個人史は、何歳ごろまでさかのぼれるものなのか。同僚や知人に、記憶をたどれる一番古い痛みは何歳ごろかと尋ねると、小学校のころだという人が多い。けが、骨折、歯痛、手術時の痛み、はちに刺された時など、個人最古の痛みの種類は多彩だ。中には四歳ごろに親に顔をぶたれた痛みの記憶が最も古いという二十歳代の人もいるが、詳しく聞いてみると、幸いにも幼児虐待とは無縁らしい。
わたし自身の最古の痛み体験は、小学校高学年のころの歯痛である。昭和三十年代に学童期を過ごした沖縄のへき地の子供たちは、歯医者や薬屋とは無縁であり、虫歯の激しい痛みはまさに拷問であった。
ところで、身体的に痛みが起きたり、痛みが増強されるメカニズムについては、最近では分子レベルで解明されてきており、多種多様な痛みをコントロールする方法も進歩しつつある。しかし、痛みの原因やその対処法がまだ解明されていない疾患もある。
例えば「繊維筋痛症」というなじみの薄い病気がある。病名は筋痛症となっているが、筋肉の痛みだけではなく、全身の痛みを伴う場合が多い。頸(けい)部から肩甲骨や肩周辺の痛み、胸部、四肢の関節痛、筋肉痛やこわばり感、しびれのほかに、頭痛、眼痛、疲労けん怠感や下痢、便秘などの消化器症状、不眠、イライラ感、憂うつ感などの精神的症状を伴うこともある。痛みの部位は移動したり、日によってその程度が変動する。時には激痛のため、ほとんど自力では動くことも困難な時期がある。
この疾患に特徴的なことは、関節リウマチや膠原(こうげん)病、痛風のように、血液検査ではこれといった異常所見が見つからないことだ。また、骨粗しょう症のように、骨、関節のレントゲン検査でも異常は見つからない。激しい痛みという訴えと、客観的な理解のための検査所見とのギャップが大きいのがこの疾患の特徴だ。通常、痛みのある場所の外見、つまり腫れや赤み、熱感が痛みを理解する手がかりとなり、炎症反応の強さや疾患に特徴的な血液学的な異常、レントゲン検査が客観的な理解と診断の手がかりとなる。しかし現在のところ、この疾患に特異的な異常所見は見つかっていない。
なぜ、このような激しい全身の痛みが出るのか。二〇〇二年から厚生労働省にこの疾患の研究班が組織され、全国調査が行われている。幸いにも、この疾患で重大な臓器障害を来すことはない。その痛みのメカニズムの解明や治療法については、今後の研究の進展が望まれている。