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それでも酒はやめられぬ?(2004年12月14日掲載)

白石  祐之(琉大付属病院)

過度の飲酒で慢性膵炎にも

手術後も8割が再び飲む

酒を飲んで悪くなるのは、必ずしも肝臓だけではなく、膵(すい)臓もやられる。肝 臓もわたしの専門だが、膵臓でわたしのような外科医に紹介されて来るのは、ガチガチに 膵臓が硬くなる慢性膵炎と呼ばれる状態になったからである。「薬で治る段階は過ぎていま す」と内科の先生に言われ、「手術は効果がなく危険です」と外科の先生にも言われ、複数 の病院でさじを投げられた後にやってくる。診察室のカーテンを開けて入って来るのは、 ガリガリにやせ、腹痛のために前屈姿勢をとり、生気のない黄色い顔色をした、比較的若 い男性(時に女性)である。

既に酒が飲めなくなっているばかりか、水を飲んでも腹痛が増強するため、食事も取れ ない。食事の代わりに、鎮痛剤を山ほど飲んだり打ったりしないと生きていけない。わた しがどのぐらい酒を飲んでいたのか聞くと「ビールを十五―十六本と島酒を少し」とのこと。 聞き直すと、一週間に、ではなく一日に、である。しかもビールはロング缶(!)で、島 酒の「少し」も、極めて疑わしい。わたし自身も含めて、医者に酒の量を聞かれて正直に 答える酒飲みはいない。少なめの量を答えてその場を切り抜けようとする。ということは、 実に恐ろしい量を一日に飲んでいることになる。

前の医者から持たされたフィルムを見せてもらうと、膵臓の頭の部分に小さめのキャベ ツぐらいの大きさの、液体がたまった袋(嚢胞)があり、今にも破裂しそうになっている。 十年ちかくにわたり、複数の病院で薬の治療、食事療法、細い針で嚢胞をつぶす治療…な どを受けた後に、すべて効果がなくて、私のところへ来ているのである。既に膵臓の状態 はあまりにも悪く、残された選択肢は大きな手術しかない。しかも、膵臓がんにするのと 同じような大きな手術しか…。米国ではアルコール性肝硬変に対する肝臓移植が多く行わ れている。移植の前提は「移植後に調子が良くなっても酒を飲まない事」なのだが、残念 なことに半数以上の人が再度酒を飲む。しかも大量に飲み再びアルコール性肝硬変になる。 日本と違い米国では、家族間で行う生体間肝移植よりも脳死者からの脳死肝臓移植の方が はるかに多い。脳死臓器移植とは、臓器提供者の善意の上に成り立っている医療であり、 提供者が臓器提供相手を選ぶことはない。善意の肝臓をアルコールで飲みつぶすぐらいな ら、その肝臓で助かるべき患者さんはほかにたくさんいたはずである。

話は戻って、アルコール性慢性膵炎の場合はもっと悪く、手術後に八割近くの人がまた 酒を飲む。彼らは「また食事ができるようになった」からよりも「また酒が飲めるように なった」から「手術をして良かった」とわれわれのアンケートに答えるのである。もちろ んこうなれば、酒を楽しく飲める時間は長くは残されていないし、いかなる治療法も残さ れていない。残されているのは、悲惨な末路のみなのだが…。

立派なことを書いてきて、実はわたし自身が酒飲みである。週に一度の休肝日はかろう じて守っているものの、その他の曜日に欠かすことはない。もちろん、自分が酒のために 手術台に乗るようなことにだけはなりたくないから、どこかにラインを引いているのだと 思う。ラインを超えるか超えないか、すでに超えかかっている方は、近いうちに私と会う ことになるかもしれません。