現在の日本人の死亡率の一位は「がん」であり、予防や早期発見の重要性については 言うまでもありません。今回は一見無関係な「神経症状」が、早期のがんの存在を教えて くれること、すなわち「傍腫瘍(しゅよう)性神経症候群」についてお話しします。
正常であった細胞が、がんになると細胞表面のさまざまな分子が変化することが知られ ています。正常細胞では認められない種類のタンパク質や、糖脂質といったものががん細 胞では認められるようになります。
一方、わたしたちの体の防衛隊である免疫機構では、このようながん細胞の細胞表面の 変化を感知してこれを排除すべき「異物」や「敵」として攻撃してくれます。このしくみ を腫瘍免疫と言います。一般には、この仕組みだけで進行したがんを治療することは困難 ですが、がん化の始まりの段階では、この仕組みでがんの芽が早期に摘まれている可能性 は大きいとされています。
免疫機構は、攻撃の方法から大きく細胞性免疫、液性免疫に分けられますが、後者の中 心はリンパ球などが産成する抗体といわれるタンパク質です。がん細胞表面の変化した分 子を感知して産成された抗体が、本来の目的であるがん細胞だけに作用するのではなく、 類似の分子を持っている神経系の細胞にも反応し、まだがん自体は小さすぎて症状が出な いうちから、神経系の症状のみが先行して出現するという仕組みです。
実際の臨床現場では、大脳、小脳、脊髄(せきずい)、末しょう神経、筋肉など神経系の 異常を示す症状が表れ、原因を調べていく中でほかの原因が否定され、神経系の細胞・組 織を障害する抗体が見つかるが、その抗体は本来、がん細胞に対して作られたもので、よ く調べると比較的早期のがんの存在が判明、という経過になります。がんの治療とともに、 神経症状も改善に向かうのが原則的です。(悪性)腫瘍(しゅよう)の傍らに出現するとい う意味で「傍腫瘍性神経症候群」と呼ぶわけです。
問題となる神経症状はさまざまで、「これが出ればがんがある」といった特別なものはあ りませんが、頻度の高い症状には痴ほう、精神症状、小脳性の運動失調、四肢末しょうの 感覚障害、四肢の筋力低下・易疲労性などがあり、これらが亜急性(週単位)に進行する 例がほとんどで、急性(一―二日)に症状が完成したり、逆に慢性(何年もかけて)に進行 する経過はまずありません。これらの症状からは、患者さんは精神科、脳外科、整形外科 などを受診される場合も多いと思いますが、最終的には神経内科が原因を同定するのに慣 れています。見つかったがんによって治療方法はさまざまですが、傍腫瘍性神経症候群で 見つかったがんは、強い腫瘍免疫によって、病変は初期段階に封じ込められている例が多 く、一般の検診発見例より早期例であり、完治が望める可能性が高いことは強調しておき たいと思います。