故ケネディ大統領は、就任まもなく、十年以内に人間の月面着陸とがん征圧を成し遂 げると宣言しました。前者は達成されましたが、後者はいまだ道中途といわざるを得ませ ん。
ところで、本邦の乳がん罹患(りかん)者は年間約三万人で、沖縄のそれは約三百余人 と推定されます。乳がんは全身疾患であるといわれるように、手術で悪いところを完全に 切除しても、転移を起こすものがあります。したがって他のがんと同じように、五年間は 注意深く経過をみなければなりません。再発は骨、肺、肝、脳などへ転移して発見されま す。経過観察の指標としては、血液中の腫瘍(しゅよう)マーカー(CEA、CA15―3 など)、胸部レントゲン、肝エコー、骨シンチ、CT、MRIなどがあります。
乳がんの中でも高いリスク群といわれるものは、腋窩(えきか)リンパ節転移陽性のも の、ホルモン受容体が陰性のもの、しこりの大きさが二センチ以上、細胞の悪性度が高度 で、年齢が三十五歳以下の方―となっています。進行再発乳がんまたは、高リスク群と診断 された場合には、内分泌化学療法が必要です。個々の抗がん剤の奏功率は、だいたい30% 前後です。複数組み合わせて使うことにより、奏功率を50―60%に上げることができま すが、副作用も強くなります。
白血球減少、胃腸障害、吐き気やだるさなどの副作用に対しては、これを軽減する支持 療法が確立されてきたため、外来通院しながら化学療法を施行することが多くなりました。 このことは、治療を受けられる方々の生活の質(QOL)を高めることになります。国も、 外来化学療法が良い環境で行えるように、病医院に求めています。
現在、よく用いられる抗がん剤の組み合わせは、CMF療法、CEF療法、AC―T療法 などがあります。比較的新しいタキソテール、タキソール製剤、ハーセプチン療法、ホル モン療法も日常的に使用されるようになりました。中でも、ハーセプチン療法は、オーダ ーメード治療、または分子標的治療ともいわれるように、乳がん細胞がハーセプチンと結 合する受容体があるかどうかを切除標本で前もって調べ、受容体があればハーセプチン治 療を行う、というものです。このように、がん細胞のみをターゲットにした抗がん剤がで きれば、有効な抗がん剤のみを使用することができるわけです。
抗がん剤に対する感受性は個々人で異なるため、その人に合ったより有効な抗がん剤を 求めて使用することは今のところやむを得ないことなのです。抗がん剤の副作用を甘受し、 懸命に治療を続けておられる方々には頭が下がる思いです。他人からはうかがい知れない 苦悩があると思われます。心のケアが重要視されるゆえんです。必要以上に悩むことがな いように、周囲のサポートが大切です。Cure(治療)も大切ですが、Care(看護) にも十分気配りしなければなりません。
最後に、乳がんのみならず、すべてのがんに対する最新知見は急速に蓄積されています。 しかしながら、乳がん治療の原点は、やはり早期発見、治療でしょう。マンモグラフィー の普及、遺伝子診断の応用が早く実現することが望まれます。