みなさんは、深部静脈血栓症・肺動脈血栓塞栓(そくせん)症という病気をご存じで しょうか。欧米では三大循環器疾患に数えられるほどの非常に頻度の高い病です。これま で、日本人ではまれな疾患とされていましたが、生活様式の欧米化に伴い、発症頻度が増 加傾向にあります。また、ちまたでは、エコノミークラス症候群と呼ばれており、長時間 の飛行機旅行の後、発症することで有名です。最近では、サッカー日本代表候補の選手が 二〇〇二年の日・韓ワールドカップ世界大会の直前にこの症候群にかかり、本大会出場を 逃して話題となりました。
この病気は(1)血液凝固能亢進(血液が固まりやすい状態になること)(2)血液うっ 滞(3)静脈壁の異常―などが原因で静脈内に血栓(血のかたまり)ができ、この血栓が肺 へ飛び、肺の血管を詰まらせることにより起こります。
以上((1)(2)(3))の状態は、入院中の患者さんに多く当てはまるもので、実際、 入院中の患者さんにおける発症率が高いということが言われています。さらに、発症した 場合、命を落とすほどの重症例も少なくありません。病気を治すために入った病院で、こ のような怖い病気が起こるわけですから、患者さんにとってはたまったものではありませ ん。大手術や出産を無事に乗り切り、みなが安どしている時期に突然この病気に見舞われ た時のショックは、言葉には言い表せないものがあり、医師としてぜひ防がねばならない ものだと考えています。
発症頻度の高い欧米では、この病気についての大規模な調査が行われ、早くから発症予 防に力が注がれており、ガイドラインに基づいて予防措置が行われています。わが国でも 本疾患の予防方法に対する指針作成が進められ、このほど予防ガイドラインが策定されま した。
このガイドラインは、主に入院中の患者さんの発症予防を目的に作られており、手術、 お産、外傷、骨折後、内科疾患急性期などが対象となっています。
予防法には、理学的予防法と、薬物的予防法があります。前者は、物理学的に下肢の静 脈うっ滞を防ぐ方法です。具体的には(1)下肢を積極的に動かすことで下腿(たい)の ポンプ機能を活性化させる「早期歩行」(2)下肢を圧迫し、静脈の総断面積を減少させる ことにより、静脈還流速度を増加させる「弾性ストッキング」(3)機械を用いて下肢に巻 いたカフに空気を間欠的に送入して下肢をマッサージする「間欠的空気圧迫法」―がありま す。
薬物的予防法は、ヘパリン、ワーファリン、アスピリンといった抗凝固剤を投与して、 血液を固まりにくくすることにより、血栓形成を防ぐ方法です。ただし、抗凝固剤の使用 に当たっては、出血の合併症に十分な注意が必要です。
深部静脈血栓症・肺塞栓症は、発症予防が大事です。長時間のデスクワークや旅行の際 には、適度な水分補給とともに、足のマッサージをお勧めします。また、ご家族の方が手 術もしくはお産で入院された際には、よく足をマッサージしてあげるのも、予防効果だけ でなく、お互いのスキンシップとなるのではないでしょうか。