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喉の進化と言葉(2013年11月11日掲載)

国吉茂・県立中部病院

誤嚥の危険も高まる

手術や検査の前に絶飲食を経験された方も多いと思います。通常8時間程度で午後から始まる手術の場合には12時間以上も我慢しなければなりません。あんなつらい絶飲食が必要な理由は、麻酔薬や鎮静剤で意識が低下すると胃の中の未消化の食物や胃液が肺の方へ逆流してしまい誤嚥(ごえん)性肺炎を生じてしまう危険があるためです。

また、危険は日常生活にも潜んでおり、本来は食道を通って胃の中に入らなければならない食べ物が、誤って気管内に入ることは意識のある場合でも起こり得ます。子供ではピーナツなどの豆類や電池類、お年寄りでは餅を喉に詰まらせて窒息死することもあります。

もしも、鼻から気管を経て肺へ続く呼吸器系と口から食道を経て胃へと続く消化器系とが別々の一本のラインになっていればそういう事態は起こり得ません。実際、チンパンジーでは別々のラインにはなっていませんが、鼻からきて気管に向かう空気の通り道(気道)と口からきて食道に行くべき食物の通り道(食物道)とが立体交差することで通常の状態では誤嚥を起こしにくい構造となっております。

一方で、ヒトの場合はどうでしょう。ヒトは、鼻からの空気の通り道と口からの食べ物の通り道とがいったん喉の奥の方でいっしょになり、ふくらみ(咽頭腔)を形成しそこから気管と食道に別れているのです。ではどうしてこんな不都合な咽頭腔をヒトは進化の過程で造ったのでしょうか。

それは、ヒトが直立歩行をするようになったために、本来は真っすぐだった食べ物の通る道が、直角に折れ曲がって広がり、咽頭腔ができたのです。そして、その咽頭腔を利用して複雑な声(話し言葉)も出すことが可能になったのです。

ギターやバイオリンの胴のふくらみが複雑な音色を可能にするように、ヒトの話し言葉のためには咽頭腔というふくらみが必要だったのです。チンパンジーのように気道と食物道とが立体交差してしまうと話し言葉を作り出すことができません。

ヒトは、直立歩行や話し言葉の獲得の代償に誤嚥性肺炎や窒息という宿命を背負ってしまったのです。ヒトはまさに命がけで言葉を獲得したとも言えます。

逆にいえば、ヒトの話し言葉を可能にした咽頭腔のふくらみを、チンパンジーは生命の安全と引き換えにあえて獲得しなかったとも言えます。