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肺がんの分子標的治療(2012年11月26日掲載)

古堅 誠・琉球大学医学部附属病院

がん細胞の性質抑制

先日、私の外来患者様が、念願の国内旅行に出かけられました。60代男性の進行肺腺がんの患者さまです。約10カ月前、右顔面のしびれや歩行時ふらつきなどの症状で病院を受診し診断された際には脳や全身の骨に転移があり、既に手術ができない進行している状態でした。病理組織の詳しい検査の結果、がん細胞の上皮成長因子受容体の遺伝子に変異がみつかり、(脳転移に対する放射線治療の後に)分子標的薬が開始されました。

治療開始後2週間したころより病変の縮小が確認され、自覚症状の改善も認められました。治療により、ベッド上の生活が中心であった進行肺がんの方が遠方へ旅行できるまでに病状が回復することは、10年くらい前までは考えにくいことでした。これはあくまでもよく治療に反応している患者さまのケースですが、分子標的薬の導入により進行肺がんの治療も少しずつ進歩しているのを感じます。

がんの発生・増殖・転移には、さまざまな分子(タンパク質や遺伝子)が関わっています。がん細胞で特に目立った働きをする分子の働きを抑えることによって、がん細胞のがんとしての性質を抑えようとする薬が「分子標的薬」と呼ばれ、さまざまながんで導入されています。

従来の抗がん剤による治療では、がん細胞のみでなく正常な細胞にも影響を及ばすことも多く、副作用やその効果の面で問題となることも多かったのですが、副作用を抑えながら一般の抗がん剤よりも効率よくがんを攻撃できる特徴をもっています。

現在、肺がんで使用できる分子標的薬には、上皮成長因子受容体阻害剤であるゲフィチニブやエルロチニブ(治療効果が期待される遺伝子変異をもつ患者さまは肺腺がん例の約40〜50%)、未分化リンパ腫キナーゼ(ALK)阻害剤であるクリゾチニブ(治療適応となるALK遺伝子転座のある患者さまは肺腺がん例の4〜5%)、血管新生阻害剤であるベバシズマブがあります。

治療適応となる患者さまが限られていること、使用継続により治療効果が落ちてしまうこと(薬剤耐性)などの問題点もありますが、これらの治療により良い状態を保てている患者さまがいらっしゃることは事実です。

また、分子標的薬は副作用が比較的少ない薬剤ですが、一部の薬剤および患者さまでは肺障害などの重い副作用が出現することもありますので、治療適応については主治医の先生とよく相談されていただきたいと思います。