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薬剤耐性菌の歴史(2011年5月17日掲載)

伊良部 勇栄・南部訪問診療所

カビと細菌 永遠の戦い

近頃、マスコミや、インターネットで薬剤耐性菌の話がよく登揚するようになりました。中には、「現代医学が作り出した恐ろしい怪物」などの極論も散見されます。今回は、薬剤耐性菌の歴史をMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)を中心に見ていきましょう。

第2次世界大戦の終了後、アオカビから発見されたペニシリンが広く投与されるようになりました。すると、直ちにペニシリン耐性黄色ブドウ球菌が出現してきました。なぜでしょうか? これは、黄色ブドウ球菌自体が、もともと遺伝子の中にペニシリン分解酵素を産生する遺伝子を持っているからです。細菌はカビと同じ環境に住んでいますから、ペニシリンを分解する力がなければ、全ての細菌は死滅してしまいます。地球で生き延びるためにペニシリン分解酵素を出すわけです。ここから、抗生物質と細菌、言い換えれば、カビと細菌の、人体内での永遠の戦いが始まりました。

その後、ペニシリン分解酵素に耐えられる合成ペニシリンのメチシリンが開発されましたが、これも分解する黄色ブドウ球菌が出現してきました。これが、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)です。

MRSAに対抗するため、日本の研究者はMRSAがセフアロスポリン分解酵素を産生できないことに目を付け、セフアロスポリン系抗生物質によってMRSAをねじふせました。

一方、欧米ではこの頃発見されたバンコマイシンを多用するようになり、日本と欧米では投与薬剤は違いますが、MRSAは世界的に大きな問題とはなりませんでした。

しかし、ここで、MRSAは大変身を起こしました。自らの細胞壁のタンパク質を変異させ、セフアロスポリン系抗生物質が効かないように変化したのです。これはセフアロスポリン系抗生物質を多用していた日本の医療にとって、青天のへきれき、大パニックとなりました。

すなわち、日本でMRSAと呼ばれているものは、正確にはMCRSA(メチシリン―セフエム耐性黄色ブドウ球菌)と呼ぶべきですが、慣用的にMRSAと呼ばれます。そこで、欧米で多用されていたバンコマイシンが導入され、どうにか治療が行えるようになりました。幸いにも、バンコマイシンの耐性はまだ出ていないようです。

とはいっても、MRSAは免疫力の低下した人に好発します。逆にMRSAが検出される人は免疫力の低下した人ともいえるのです。免疫力の低下した人は抗生物質が効きにくいため、バンコマイシンを投与してもMRSA感染症はいまだに治療の難しい感染症の代表となっています。