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かぜに抗生剤?(2010年5月4日掲載)

岡 勇次郎・岡こどもクリニック

ウイルスには効果なく

「かぜなのに抗生剤が必要ですか?」と患児の母親に訊(き)かれて「念のためにと思って処方したのですがやめておきましょう」とまともな返答もできず、医師として恥ずかしい思いをしたことがあります。「かぜは抗生剤なしで自然に治る」ことは医師ならば誰もが知っている常識ですし、この母親のように医療関係者でなくともご存じの方も多いと思います。

「かぜ」は、鼻からのどにかけての上気道といわれる呼吸器の感染症で、原因の大部分がウイルスです。一般に、熱は2、3日間で下がり、咳(せき)や鼻水も約1週間程度の経過で自然に治ります。抗生剤は細菌をやっつける薬ですがウイルスには効きません。すなわち「かぜ」の大部分には効きません。それなのに、もしかして重症な細菌感染症の始まりではないか、といった心配から、医療側から過剰な抗生剤処方をしてしまうことがあります。

逆に患者さん側が、これまでに「かぜのときにも抗生剤」という処方に慣れてしまい、「熱がでたから抗生剤」「鼻水が黄色くなったから抗生剤」という誤った知識から抗生剤を要求される場合もあります。このようなときに医療側から患者さん側へ正しい知識の啓蒙(けいもう)を怠り、必要が無いはずの「かぜ」にも抗生剤が多用、乱用されてきました。その結果、わが国は耐性菌(抗生剤が効かなくなった性質の悪い細菌)の検出率が非常に高い国となっています。

もちろん耐性菌が増加すると困るのは患者さん本人であり、また私たち医療従事者でもあります。抗生剤の効かない重症細菌感染症が増加し、治療が困難になるなど深刻な事態も生じてきています。人類の貴重な財産ともいうべき抗生剤を大切に使うために、私たちは抗生剤の使用にあたって、その必要性を正確に見極め、最適な種類の抗生剤を選択し、使う努力が必要です。

ここまで、格好よく当然のことを書きましたが、実際には人間の身体や病気というのは複雑で、一筋縄ではいきません。私が「かぜ」の診断をした患者さんから、後日、「肺炎で入院しました。抗生剤の注射で無事治りました」との報告を受け、苦笑いでその場を取り繕い、冷や汗をかきながら患者さんの回復に胸をなでおろすこともあります。

せめてかぜは正確に診断できるようになりたいと願って日々診療しています。「今はかぜですから抗生剤は要りません。でもかぜは万病のもとで、最初はかぜでも肺炎になることもありますから注意しましょうね」と、うそでもない言い訳をしながら…。