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傷の治療とその歴史(2009年8月11日掲載)

池村 冨士夫・同仁病院

「乾燥」から「湿潤」処置へ

今日は、主に擦(す)り傷や熱傷など、正常な皮膚が欠けた状態になった、傷の治療についての話です。

私が医者になったころ(昭和です)は、傷の外来処置と言えば、患者さんが思わずあげる声が、必ず2回、診察室から聞こえてきました。まず、浸出液で傷に硬く張り付いたガーゼを取る際の「あがーっ!」。続いて、傷に塗られた消毒液がしみて「うっ!」。患者さんの発する二つの声がリズミカル?に聞こえたものです。

傷は消毒してガーゼで覆い、浸出液をできるだけ吸い出して乾燥させ、早く痂皮(カサブタ)を形成させるべし。1800年代にLister(リスター)先生の唱えた創乾燥理論が、ずっと信じられてきて、私を含め、代々、外科先輩医師から教えられてきたわけです。ところが、「やけどは水ぶくれを破らない方が早く治る」等の事実が知られ、1962年、Winter(ウィンター)先生が創乾燥理論に疑念を抱き、比較実験を行いました。豚に擦り傷を作って、空気に曝(さら)した場合と、フィルムで傷を密閉した場合の、傷の治りを比較したのです。

結果は、密閉して傷を乾燥させない方が治りが早かった。「傷が治るには、乾燥ではなく湿潤環境が必要である」と結論します。擦り傷の「ジクジク」の中には、ばい菌をやっつける細胞や、傷を修復する細胞とその材料が含まれた培養液と考えてよいわけです。

このころより、傷の治療について、処置法が変わっていきます。「傷の治りには湿潤環境がよい」「傷の治りの最大の敵は感染(ばい菌による炎症)で、感染の主な原因は傷の中の異物である」。以上が認識されるにつれ、傷の治療は「消毒殺菌と乾燥治療」から「洗浄と湿潤治療」へと徐々に変わっていきます。そして80年代ごろから、創乾燥の主役であったガーゼに代わって、傷の湿潤環境を保ついろいろな治療材料が見られるようになりました。今では、多くの病院でこの湿潤治療が受け入れられています。

「乾燥」から「湿潤」へと、傷の治療の変遷を見ていると、少し大げさですが、それまで真理と思われていたことが覆る一例としても、興味深いものです。

湿潤治療は、早く、良く治るのですが、患者さんへの一番の利益は、処置に際して、痛みが少ないことだと思います。冒頭で話したような、傷の処置で受診した患者さんが、痛みで声を上げることのない、優しい治療なのです。ところで、傷の湿潤環境、つまり「ジクジク」には、傷を治す良い環境の場合と、感染による悪い環境の場合があるので、くれぐれも素人判断は禁物です。