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増える機能性胃腸症(2009年4月7日掲載)

又吉 亮二・又吉内科クリニック

粘膜の異常ないのに痛み

「秋風や ひびの入りたる 胃の袋」

明治の文豪、夏目漱石が自分の胃病を詠んだ句です。漱石は若いころから胃痛に苦しみ、執筆に支障を来していたとのことです。彼自身がモデルだといわれている「吾輩は猫である」の中にも次のような一節があります。「胃弱なんぞは外の病気たあ違って直らないわねえ」。胃痛から解放されることのない彼の苦悩が伝わってきます。

時をさかのぼり、西洋のナポレオンも慢性的な胃痛に悩まされた一人です。右手を懐に入れている肖像画はあまりにも有名ですが、実は痛む胃を押さえていたという説があります。

みなさんは胃の痛みや胃のもたれを感じたことがありますか。このような症状で病院に行くと、潰瘍やがんなどの可能性があるため内視鏡検査をしますが、何の異常も見つからないケースも増えてきています。「機能性胃腸症」は、内視鏡検査などで異常が認められないのに、胃の痛みや胃のもたれを感じる状態のことをいいます。

以前は、胃下垂、胃無力症と呼ばれたり、最近まで胃けいれん、神経性胃炎、慢性胃炎などと診断されてきました。しかし、胃の粘膜に何の異常もないのに、胃の粘膜に炎症があるという意味の「胃炎」を使うことは正確ではないということから、近年「機能性胃腸症」と呼ばれるようになってきました。

典型的な症状としては、「胃痛」「胃もたれ」「食事をするとすぐおなかがいっぱいになり食べられない」などがあります。ある調査では、消化器の専門機関を受診した患者さんのうち、約半数がこの機能性胃腸症だったという報告もあるほどで、もしかすると胃の病気の中で一番メジャーなものかもしれません。

また、患者さんは、このような症状で生活の質が著しく低下していることが明らかとなり、治療する臨床的意義は極めて大きいといえます。その病態には、胃酸分泌異常、消化管運動機能異常、内臓知覚異常、また心理社会的ストレスなどさまざまな要因が関与しています。治療に関しては、その病態に合わせた内服治療が確立してきており効果がみられます。

もし、あなたの胃がこのような症状を訴えるなら、勇気を出して専門機関を受診し、まずは内視鏡検査を受けましょう。漱石は胃潰瘍、ナポレオンは胃がんだったとの説もありますが、当時、早期発見・早期治療にて二人の胃痛を取り去ることができていれば、日本の文学史と近代ヨーロッパ史が変わっていたかもしれません。