「手術」という言葉からまず連想することは?と聞くと、ほとんどの方は「痛い、怖い」と答えます。「手術が終わって麻酔から覚めると、傷の痛みに苦しみ、数日はそれを我慢しなければいけない」と思っている方が多いようです。
手術の痛みは、末梢神経から脊椎(背骨)の中を走る脊髄にそれが伝わり、さらに脊髄から脳へ伝わっていきます。この脳に伝わった痛み情報は、“痛い”という感覚以外に、体の中の恒常性を崩し、血圧を高くしたり、糖尿病を悪くしたり、腎臓機能を低下させたりとさまざまな悪影響を及ぼすことが分かってきています。また、末梢神経から脊髄に入っていった痛み情報は、脳まで達することなく直接脊髄の運動神経に伝わり逃避反射を促します(熱いお鍋に手が触れたとき、熱いと感じる前に反射的に手を引っ込めることも逃避反射です)。
この反射は、例えばおなかの手術を受けた患者さんが咳をする場合、そのときの痛みのため反射的に咳をする力を緩めてしまい、上手に痰を出すことができないという状態になってしまいます。そのため、痰が気管支や肺に残ってしまい、気管支炎や肺炎となってしまう危険性があります。このように、手術の後の痛みというのは、「痛い」という苦痛だけでなく、体全体にその悪影響が広がる可能性があるのです。
さて、みなさんは硬膜外麻という言葉を聞いたことがありますか? 硬膜外麻酔とは、痛みが伝わる脊髄を包んでいる硬い膜(これを硬膜と呼びます)の外側に約一ミリ程度の細く柔らかい管を留置し、手術後にはその管から痛み止めを流すことで手術後の酔 痛み情報が脊髄に伝わらないようにする鎮痛法です。最近の研究では、この方法を用いることで手術の後の肺炎の発生が少なくなるということも分かっております。
この硬膜外麻酔というのは、胸、おなか、さらに足などの手術の際に行われることが多く、熟練した麻酔専門医であれば十分程度で安全に行うことができます。
これから手術を受ける予定のある皆さま、病院内の麻酔専門医に「私の手術では硬膜外麻酔ができないでしょうか」と聞いてみてください。麻酔専門医であれば、硬膜外麻酔の適応やその効果、禁忌(硬膜外麻酔ができない状況)や合併症とその可能性など説明してくれると思います。その説明を納得した上で硬膜外麻酔を希望し、「痛くない手術」を受けてみてはいかがでしょうか。