沖縄県医師会 > 健康の話 > 命ぐすい・耳ぐすい > 命ぐすい・耳ぐすい2006年掲載分 > ATLウイルス

ATLウイルス(2006年6月14掲載)

前濱俊之・豊見城中央病院

感染例少なく重要な母乳

成人T細胞白血病(ATL)ウイルスは、その名のとおり、成人に白血病を起こさせるウイルスである。このウイルス保有者(キャリア)は四十歳以降で発症の可能性があり、その平均年齢は六十歳である。

このウイルスの感染経路は輸血、性行為、母乳の三つがあり、この中で重要なものは母乳である。なぜなら母乳による感染が、このATLになる可能性があるからである。

言い換えれば、ATLになるまでには、感染して平均六十年かかるということ、出生時での感染が重要な意味をもつことがわかっているからである。実際、成人後の輸血や性行為によって感染した場合のATL発症の報告はないとされている。出生時に母乳以外で感染する(子宮内感染または分娩時感染)ことも知られており、この場合もATLになる可能性がある。

発症頻度は一年間でキャリア二千人に一人と低い。特徴として九州、沖縄で妊婦のキャリア率が高く(4・7〜6・5%)、その他の地域は低い(0・3〜1・1%)という地域差が知られている。しかし妊婦のキャリア率も年々減少し、沖縄でも二〇〇二年で1・8%まで低下している。従って、現在妊婦がキャリアであるかどうかの検査も効率が悪いことが指摘されている。

出生時にATLウイルスに感染することが将来ATLになる可能性があり、母乳哺育中止の推進が一九八八年に浮上した。しかし、旧厚生省での調査の結果、母乳哺育をした場合の母子感染率は6・1〜12・8%、母乳哺育を中止しても3〜5%の感染率があり、全面的に母乳を中止することが有益であるとは見なされないということになった(94年)。従って、母乳哺育をするか、中止するかは本人が決める方が望ましいという結論になった。

この結果の背景には、母乳哺育のメリットが極めて高いことに加え、母乳哺育中止によるATL防止策が効率悪く、また母親がキャリアであるためさまざまな差別、偏見などの問題が噴出し、デメリットも大きいことが、明らかになったことがあると思われる。

母乳哺育の重要性は、これまで数限りなく言われてきているが、その中でも母子相互作用、平たく言うとスキンシップが最も重要であり、これにより母親の子どもへの愛着ができあがっていく。すなわち哺乳瓶からでなく、直接乳首から吸てつさせることが、母子関係を充実させるのである。

最近の注目されるデータを紹介したい。母乳哺育によって、乳幼児突然死症候群が五分の一に減少すること、小児白血病が21%減少すること、将来の生活習慣病を減少させることなどが明らかとなっている。いろいろな専門家が母乳哺育中止を唱えてきたが、それでも母乳哺育は重要であることを主張したい。