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リコバクター・ピロリ(2006年5月31掲載)

樋口大介・国立病院機構沖縄病院

胃癌予防で除菌は可能ヘ

ヘリコバクター・ピロリ(以下ピロリ菌)のヘリコはらせん型の菌の形、バクターは細菌の意味、ピロリはこの菌がよく見つかる胃の出口付近を示します。ピロリ菌は不衛生な環境や人の唾液に存在し、口から胃内に入り、強烈な胃酸を中和して胃粘液に潜りこみ、粘液を食べて胃粘膜に住み着きます。ピロリ菌は慢性胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍の原因となります。

一九九四年にWHO(世界保健機関)はピロリ菌を胃癌の確実な発癌因子と認定しました。昨年ピロリ菌の発見者がノーベル賞を与えられ、ピロリ菌がテレビ、週刊誌でも取り上げられ、皆さんの関心の高まりを日常診療で感じます。外来患者さんは自分にピロリ菌がいたら除菌してほしいと言われます。

日本の人口の約半分の六千万人、五十歳以上の日本人の約80%の胃内にピロリ菌がいます。ピロリ陽性者がみんな胃癌になるのではなくて、そのうち0・4% 程度の人だけが毎年胃癌になるといわれています。その理由としてはピロリ菌にも種類があり胃癌を起こすものと起こさないものがいるのではないかと研究されています。またピロリ菌だけでなく体質や喫煙、塩分の取りすぎも胃癌の発生に影響すると考えられています。したがってピロリ菌がいてもすぐに除菌しなくてもいいという説明が成り立つわけです。実際、日本の医療保険制度においてはピロリの除菌は胃潰瘍、十二指腸潰瘍のピロリ陽性患者にしか適用されていません。

しかしピロリ陽性の六千万の日本人のうち毎年0・4%が胃癌になると考えると、十年で約4%(二百四十万人)、二十年で8%(四百八十万人)、三十年で 12%(七百二十万人)の胃癌が発生するということになります。ピロリ菌をそのまま放置すると二十-三十年で約一割が胃癌になるという計算になります。

ピロリ除菌が胃癌予防に効果があることはすでにいくつか報告されています。しかし現在、胃癌予防のための除菌は保険適用が認められていないので、私たち消化器医は潰瘍がないピロリ陽性者に対しての除菌を積極的に行えないのが現状です。

除菌は、ある抗生剤と胃薬を一週間飲むだけで成功率は八-九割程度です。除菌による副作用は軽度である場合が多く、耐性菌の問題がある程度解決すれば胃癌予防のための除菌は医学的にはむしろ積極的に行うべきだと思われます。

日本の医療保険制度にとってどうかという問題が残りますが、ピロリ除菌により二十-三十年で約一割の胃癌発生を大部分抑えられるとしたら、むしろ経済的だという結果が出るかもしれません。特に胃癌術後残胃や早期胃癌の内視鏡的切除後のピロリ陽性者に対する除菌と発癌母地となる慢性委縮性胃炎に対する除菌は早急に保険適用とすべきだと思われます。