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脳卒中後のうつ病(2005年7月13日掲載)

富山幸佑(ふくろうクリニック)

「頑張ってね」の言葉は禁句

脳卒中(脳出血と脳梗塞)はある日突然襲ってきます。不幸にして亡くなられる方もいます。一命を取りとめても半身麻痺等の後遺症と闘わなければならない方もいます。幸いにして後遺症を残さず回復したとしても、その後の人生は一変してしまいます。つねに再発の不安を抱きながら生きていかねばなりません。

脳卒中は生命にかかわる大事件ですのでどうしても身体面の管理に注意が向いてしまうのはやむをえません。危機が一段落したらリハビリテーションに取り組むことになります。お互いに励まし合うことになります。そこで配慮していただきたいことがあります。励ますことがよくない場合があるからです。脳卒中後うつ病がないかどうか注意してもらいたいのです。うつ病の人を励ますのは良くありません。「頑張ってね」との言葉は禁句です。

うつ病は広がりがあり一概には説明できませんが、要因の一つに「最も大事なものを失って取り返しがつかないが、あきらめることができず時間が止まっている状態」があると推測されます。うつ病から回復するということは取り返しのつかない現実を受け入れ、大事なものが欠けたなかで新たな未来を切り開く歩みを始めたことを意味します。この過程を「喪の過程」あるいは「悲哀の過程」と言います。この過程にある時は十分に悲しむことが大切です。気丈な人や負けず嫌いの人だと悲しみを抑えつけ、必要以上に頑張ってしまうことがあります。抑えつけられた分だけ喪の過程は長引きます。あるいは一年も過ぎ、周囲が忘れたころに悲しみがあふれ出してくることがあります

脳卒中を起こすということは大変な事です。昭和の大横綱として一世を風靡した大鵬親方は三十六歳の若さで脳梗塞に倒れました。「突然自由を奪われ、一からのやり直しどころかゼロよりはるか下のマイナスからはい上がらなければならなかった。何とも言えない絶望感に襲われた。わずか十センチの段差が怖くて前に進めなかった。恐怖と悔しさをはいずり回るようにして少しずつ克服した。奈落の底に突き落とされ、辛酸をなめてきた」とのことです。脳卒中で倒れた方々は、表現はできなくとも同じ思いをされていることでしょう。

より絶望感の深い人がうつ病になったり、あるいは感情を閉ざしてアパシーになったりします。励ましの言葉は逆に患者の心を傷つけます。生きていてくれることだけでありがたい、ゆっくり養生してもらいたいとの思いを伝えることが大切です。脳卒中後のうつ病に抗うつ薬の効果があることが報告されています。うつ病の症状のない人でも予後改善効果はあるとのことです。脳卒中後のうつ病にご配慮願いたいと思います。