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オール沖縄で取り組む医療連携
「おきなわ津梁ネットワーク」
―糖尿病地域医療連携の立場から―

砂川博司

沖縄県医師会おきなわ津梁ネットワーク 糖尿病部会 部会長
中部地区医師会 理事
すながわ内科クリニック 院長 砂川 博司

【要旨】

沖縄県における65 歳未満の死亡率は男女と も全国一位である。30 年間1 位だった女性の 平均寿命は第3 位となり、男性も前回の25 位 から30 位に低下した。早世の減少と長寿県復 活は、本県喫緊の課題である。

沖縄県医師会では、良質かつ適切な医療提供 体制整備のため、IT 化による医療連携システ ム構築を目的に「おきなわ津梁(しんりょう) ネットワーク」推進委員会を設立した。

糖尿病部会においては、「糖尿病発症予防」「糖 尿病治療中断者・未治療者の減少」「糖尿病合 併症の進展阻止」をめざして、1)登録患者情報 の共有、2)クリティカルパスに沿った治療の標 準化、3)紹介・逆紹介の円滑化、4)地域ぐるみ の慢性疾病管理を行う予定である。

試験登録運用による2013 年10 月末の糖尿 病登録患者数は1,847 名に達し、血糖コントロ ール状況、腎症重症度についても明らかになっ た。本ネットワークはオール沖縄で取り組む地 域医療連携システムであり、今後の登録推進と 有効活用が期待される。

(1)はじめに

厚生労働省平成25 年度発表「2010 年都道府 県別平均寿命」(長寿ランキング)において、 30 年間1 位だった本県女性の平均寿命は第3 位となった。男性も前回の25 位から30 位に ダウンした。

その要因として挙げられているのが、肥満率 男女全国1 位、メタボリックシンドローム保有 率男女全国1 位という実態である。メタボとは、 肥満を基礎に、糖尿病、高血圧、脂質異常症等の いわゆる生活習慣病を合併する状態をいい、脳卒 中、心筋梗塞等、心血管合併症を高率に発症する。

本県における65 歳未満の死亡率は男女とも 全国一位である。さらに、糖尿病性腎症による 新規透析導入数は全国でも上位を占め、糖尿病 患者の受療率は全国でも最下位レベルである。

このような沖縄県の医療実態を背景として、 働き盛りの早世を減少させ、長寿県復活をめざ すべく、沖縄県医師会は積極的な取り組みを開 始した。各医療機関と市町村がそれぞれの役割を 果たしながら、「地域の患者は地域で守る」とい う「地域完結型医療」に向けた、良質かつ適切 な医療提供体制の整備に取り組むこととなった。

(2)おきなわ津梁ネットワークの目的

本県の医療連携の目指すところは、「糖尿病、 脳卒中、急性心筋梗塞等のいわゆる生活習慣病 をターゲットとした地域医療連携の推進」「本 県の疾病特性に応じた保健指導体制の支援と精 度の高い保健指導サービスの提供」「上記デー タの集積、分析・解析と、医療必要度の高い早 世の予防・阻止」である。

沖縄県医師会は、2012 年10 月、おきなわ津 梁ネットワーク推進委員会を設立、作業部会に 「脳卒中部会」「心筋梗塞部会」「糖尿病部会」「保 健指導支援部会」「健康教育・広報部会」を設置した。

「津梁」(しんりょう)には、「架け橋」と「診療」 の二つの意味がある。ネットワークは、各医療 機関の医師、歯科医師、コメディカル、薬剤師、 栄養士、市町村担当者、国保連合会の意見や提 言をもとに、構築されている。糖尿病部会の目 的は、「糖尿病予備軍から糖尿病発症への移行 減少」(発症予防)「糖尿病治療中断者・未治療 者の減少」(治療の継続・治療へ導く)「糖尿病 性合併症の進展阻止」(透析患者・心筋梗塞患 者等の減少)である。<図1 >「おきなわ津梁ネットワーク」は、オール沖縄で取り組む地域 医療連携システムである。

図1

図1 糖尿病地域医療連携の目標としくみ

(3)糖尿病地域医療連携におけるIT 化のねらい

糖尿病地域医療連携におけるIT 化のねらい は4 つである、

1 つは、病院・診療所診療に必要な医療情報 を、参加医療機関、各市町村等で共有すること、 さらには、診療所見・検査等から得られたデー タをもとに、患者に適した治療法とよりよい予 防策を検討することである。<図2 >

図2

図2 糖尿病地域医療連携IT 化のねらい

2 つ目は、糖尿病治療クリティカルパスに沿っ た治療の標準化である。クリティカルパスとは 「約束された診療手順」(主に検査治療計画)のこ とである。診療に必要な診療手順を患者、専門医 と主治医(かかりつけ医)が共有することにより、 一貫性のあるより効果的な治療が可能となる。

3 つ目は、紹介・逆紹介の円滑化である。パ スには、ミニマムデータセット(最低限出さな ければならない検査項目)を組み込み、項目ご とに標準的な検査間隔とバリアンス(逸脱基準)を組み込んだ。逸脱基準はすなわち紹介基準で ある。身体所見に加えて、データ悪化が一定期 間以上持続すると、かかりつけ医は当該患者を 専門病院へ紹介、さらに、紹介先では当該患者 の診療基本情報(住所、年齢、性別、糖尿病型、 罹病期間、糖尿病性合併症、その他の合併症、 既往歴等)および特定健診、病院・診療所の検 査データを参照し、最適な医療を提供するための指標とする。<図3 >

図3

図3 ミニマムデータセット項目とバリアンス

最後に、患者情報を一元化した地域ぐるみの 慢性疾病管理、疾病マップの作成である。情報 の一元化により、性別、年齢分布、血糖コント ロール状況、合併症の有病率や進展状況の把握 が可能となる。また、透析予備軍となる腎不全 患者数、糖尿病と心筋梗塞の合併患者数、脳卒 中合併患者数の把握が可能となるため、地域の 保健医療計画、治療予防対策の資料として効力 を発揮するものと思われる。

当ネットワークのパスは「糖尿病連携手帳」 (日本糖尿病協会発行)、「糖尿病眼手帳」(日本 糖尿病眼学会発行)をもとに作成した。体重、 血圧、HBA1c、合併症スクリーニング(眼科、 歯科、心電図、ABI、足チェック等)、糖尿病 性合併症、大血管合併症等記載内容について、 患者は手帳で、医療者はIT ネットワークで参 照できるよう工夫した。さらに、ネットワーク 参加医師は、登録患者の全体像の把握とあわせ て、検査項目ごとの自院患者データの層別化(階 層化)も可能である。治療優先順位の確認、再 検査の実施、検査漏れ等の防止等、日常診療の 実践に役立つしくみとなっている。

(4)参加患者にとってのメリット

患者側のメリットとして、特定健康診査の結 果を基に、効果的な保健指導および治療がうけら れること、糖尿病クリティカルパスに沿った標準 的な治療が受けられることが挙げられる。転院時 や救急室受診時には、利用者カードを提示するこ とで、参加医療機関で行われた検査結果や処方内 容等が参照され、迅速かつ効果的な治療が受けら れる。特に紹介状等の準備が間に合わない夜間の 救急室受診時には、このネットワークの利点が生 かされる。検査の重複を避け、健康状態に応じた 検査が受けられる等の利点もあり、各施設の垣根 を越えた療養支援を受けることが可能である。

(5)ネットワーク運用のために医療者側に必要なこと

個々の患者情報は、県医師会提供のVPN ソ フト(暗号化通信ソフト)を組み込んだ各医療 機関の端末から送信され、国保連合会と共同で 整備した安全性の高いデータセンター内のサー バーにて集約・保管される。個人情報保護の観 点から、十分な対策が講じられている。万一シ ステムの不具合等による情報漏えい等があった 場合は、県医師会、委員会会長が最終責任者と なる。<図4 >

図4

図4 おきなわ津梁ネットワークのインフラ構成

一方、施設内における運用上の責任は施設責 任者にある。運営を担う病院、診療所、市町村、 各医師、その他担当者においても、患者に不利 益が生じないよう、特にセキュリティーの面で は細心の注意を払い、個人情報の保護に最大限 努めなければならない。

実際の運用にあたって各医療機関が実施する ことは、参加患者に、ネットワークの主旨と連 携参加のメリットについて充分理解してもらう ことである。個人情報の保護とあわせて、情報 漏えい対策、参加キャンセル時の方法等につい ても、十分な説明がなされなければならない。 全ての患者に納得して快く参加していただくた めに手順を踏むことは、連携構築に欠かせない 重要な作業である。<図5 >

図5

図5 おきなわ津梁ネットワークの運用に必要なこと

本連携に必要な環境整備については、各施設 負担(既設の機器を利用することも可能)であ り、データ入力・送信等の業務遂行にあたって も各施設の人的配慮が必要である。県医師会では、推進委員会事務局より個別指導者を派遣し、 各施設の負担軽減を図っていく予定である。<図6 >

図6

図6 システムを利用するために必要なもの

(6)糖尿病連携システムの現況と展望

糖尿病部会では、平成24 年11 月、2 病院8 診療所を中心に患者登録作業と試験運用を開始 した。平成25 年10 月23 日現在、登録患者総 数は1,847 名で、そのうち特定健診受診者数は1,380 名であった。2 型糖尿病は1,296 名(男 723、女573)(平均男63.2 歳、女65.5 歳)で、 60 歳以上が91%を占めていた。1 型糖尿病は 84 名(男35 女49)(平均男51 歳、女58 歳) であった。<表1 >

表1 おきなわ津梁ネットワーク集積データ 1)

表1

血糖コントロール状況については、HbA1c7% 未満808 名(59%)、8%未満1,163 名(84%)、8% 以上217 名(16%)であった。糖尿病腎症患者 CKD 重症度分類(CKD ガイドライン2012 年 による)では、High risk 患者は141 名、うち 高度低下群(G4A3)41 名、末期腎不全群(G5A3) 16 名であった。<表2 ><表3 >

表2 おきなわ津梁ネットワーク集積データ 2)

表2

表3 おきなわ津梁ネットワーク集積データ 3)

表3

救急医療の分野においては、平成26 年4 月 の本格運用に向けて、沖縄県立中部病院、中頭 病院をはじめ、中部地区の地域基幹病院におい て受け入れ準備中である。最終的には沖縄県す べての救急病院にて運用可能となるよう発展さ せていく予定である。現在のところ、患者基本 情報、検査データ、処方情報のみの共有である が、退院時サマリー、心電図、胸部XP・CT・ MRI 等Key 画像の閲覧・共有の必要性につい ても検討中である。

ネットワーク参画医師は、お互いの意見交換 の場「Desk Net's」への参加が可能となる。琉 球大学第二内科益ア裕章教授の御協力を得て、 日常診療上の疑問に答える相談窓口も設置され る予定である。質問や返答、助言の内容につい ては、双方向の意見交流ができる、関係医師を はじめ保健師も閲覧できる等、機能を図りなが ら、連携の輪をさらに広げていく必要がある。

(7)おわりに

今後登録数が増加すると、医療連携、疾病管 理体制の拡充は急務となる。とりわけ、約17 万 件の特定健診基礎データ集積による、糖尿病の 早期発見、早期治療の介入はこれまでにもまし て重要になるであろう。糖尿病連携治療パスを 活用する医師を中心に。専門病院からの逆紹介、 市町村からの患者紹介が行われる可能性が高く なることから、疾病の治療・管理・指導を担う、 かかりつけ医の存在はますます重要になる。

県内には約7 万人の糖尿病患者がおり、その うち半数の35,000 人は未治療者もしくは治療中 断者であると推定される。一方、県内の糖尿病専 門医は49 名であり、糖尿病患者を積極的に受け 入れている糖尿病療養指導医・登録医を含めても 少数である。今後ひとりでも多くの先生方が、糖 尿病治療クリティカルパスを用いた標準的治療 に参加し、専門病院からの紹介患者、市町村から の未治療・中断者を積極的に受け入れて頂きたい。

おきなわ津梁ネットワークの本格運用までい よいよもう一歩のところまで来ている。県医師 会諸先生方の御指導を賜りながら、沖縄県のす べての医療機関が参加できる、安全で質の高い 糖尿病医療連携ネットワークの構築を実現していきたい。