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逆流性食道炎の機序と
Barrett 食道についての報告
沖縄消化器内視鏡会の平成23 〜 24 年調査を含めて

岸本信三

県立南部医療センター・こども医療センター
岸本 信三

1. 逆流性食道炎の機序:胃酸逆流防止機構の破たんについて

胃粘膜は、胃酸や蛋白分解酵素であるペプシ ンの攻撃因子に対して、胃粘液を分泌して自己 防御している。一方の食道は胃酸にさらされる と障害を受けてしまう。それで、胃酸が逆流し ないように、下部食道に括約筋(LES:lower esophageal sphincter)による締め付け機能、構 造的に逆流しないようにHis 角(胃噴門部の内 斜筋が肥厚し、胃底部からの逆流防止)、横隔膜 脚(横隔膜右脚が食道を取り囲む)、横隔食道膜 (腹膜と横隔膜の間に存在する筋膜、食道と横隔 膜の位置を保持)などで防御している(図1)。 しかし、食物を通過させるためにLES は弛緩 するが、そのLES 弛緩が食事以外に、かつ長 時間生じてしまうことを一過性LES 弛緩とよ び、酸逆流の主因といわれている。正常なLES 弛緩は5 〜 8 秒とされるが、一過性LES 弛緩 は10 〜 30 秒持続しているようである。一過性 LES 弛緩の原因として、胃底部胃壁の進展(食 べ過ぎ)や脂肪食による十二指腸粘膜から分泌 されるコレシストキン(LES 圧をさげる)によるとされている。また、食道裂孔ヘルニアは、 横隔食道膜の伸展により、胃上部が横隔膜を通 り、縦隔内に脱出する現象だが、ヘルニアが形 成されると構造的な防御機構の破たんにより酸 逆流が生じる。1)

図1

図1 噴門部の解剖(胃食道逆流防止機構)
 (真船健一他 逆流性食道炎と食道裂孔ヘルニアとの関係診断と治療2003p98 から)

2. 沖縄消化器内視鏡会調査の要旨

沖縄消化器内視鏡会では、平成12 年、13 年 に県内における逆流性食道炎を調査し、金城ら が報告して10 年経た今回、Barrett 食道や逆 流性食道炎2)の頻度がどのように変化してい るか、また、本県は他県に比較し肥満の頻度が 高いと指摘されているが、BMI も含めて前向 き調査した。沖縄消化器内視鏡会員の所属す る医療機関に対して、平成23 年12 月から平 成24 年2 月までの3 か月間で実施された上部 消化管内視鏡検査(緊急内視鏡検査を除く)と アンケート調査結果を16 施設からご報告頂い た(表1)。その結果、全症例数4,396 例(男 性2,073 例: 女性2,323 例= 47.1:52.8)、平 均年齢60 歳(男性60 歳、女性60 歳)、発見 経路は検診・人間ドック1,505 例(35.0%)平 均BMI23.9(男性24.3:女性23.6、BMI25 以上の割合 男性37.8%:女性31.7%)、食道裂 孔ヘルニア1,859 例(42.3 %)、逆流性食道 炎(gradeABCD)557 例(12.6%)、Barrett 粘 膜1,155 例(26.3%)、そのうちSSBE(shortsegment of Barrett's esophagus)1,149例(26.1%) LSBE(long-segment of Barrett's esophagus) 13 例(0.3%)、Barrett 腺癌5 例(0.1%)であっ た(表2、図2,3,4,5,6,7)。また、萎縮性胃炎の 頻度は62.6%で、Helicobacter pylori(HP)除 菌歴は12.3%であった。平成12、13 年の調査 では、全症例77,205 例で逆流性食道炎は4,083 例(5.3%)であり、その背景は、男性2,903 例:女性1,180 例= 54.4:45.5、平均年齢57.4 歳(男性54.2 歳、女性65.3 歳)、検診・ドッ ク31.6%、食道裂孔ヘルニア42.8%、慢性胃 炎33.1%、HP 除菌歴1.5%であった。

表1 アンケート調査協力施設、協力医

表1

前回と今回では、調査方法が後ろ向きと前向 きで異なり、また、患者背景も異なることから、 断定的なことは言えないが、食道裂孔ヘルニア の頻度がほぼ同様であったが、逆流性食道炎お よびBarrett 粘膜の頻度は増加していることが 判明した(表3)。また、今回初めて調査した BMI では、25 以上の割合が、男性37.8%、女 性31.7%で全国の男性29.3%、女性26.6%に 比較すると多く、沖縄県の男性46.7%、女性 39.4%よりは少ない割合であった。

(本文では、DATA は簡略化し記載。詳細は 沖縄内視鏡会記念誌をご覧いただけると幸い です)

表2 患者背景

表2
図2

図2 男女年代別MI25 以上の割合

図3

図3 BMI25 以上割合の比較

図4

図4 逆流症状の有無

図5

図5 男女年代別食道裂孔ヘルニア頻度

図6

図6 男女年代別gradeABCD 頻度

図7

図7 男女年代別Barrett 粘膜頻度

3. 課題

さて、日本人の逆流性食道炎は増加傾向が 指摘され、その結果Barrett 粘膜、さらには Barrett 腺癌の増加が危惧されるところである。 3)4)5)その増加の原因は、H.pylori 感染率低下 →萎縮性胃炎の減少→胃酸の増加、脂肪摂取量 増加→腹部脂肪増大→胃内圧上昇→胃酸の逆流 などが想定されている。H.pylori の除菌治療は これまで、胃十二指腸潰瘍、胃MALT リンパ腫、特発性血小板減少性紫斑病、早期胃癌の粘膜切 除後の除菌などが保険適応とされていたが、本 年から胃炎についても保険適応となり、保菌者 がより減少することが予想されている。また、 厚生労働省による国民健康・栄養調査の結果で は、平成23 年と平成13 年との比較では、野 菜類、果物類、魚介類摂取は減少し、肉類は増 加した、としている6)。前記の脂肪増加による 体型の変化だけでなく、内臓脂肪の増加は、種々 の炎症性サイトカイン、アディポカインなどが 機能的に関与し、直接的に食道の炎症に関与、 もしくは、LES 圧の変化に影響しているので はと、推察されている。

一方、県民は、BMI は高値、脂肪摂取量が高く、 肥満率が高くH.pylori 保有者が少なく、萎縮性 胃炎が少ないなど、逆流性食道炎の罹患率7)8) の増加が予想されるのだが、そうではない。全 国より決して高くない。慶田らの報告でも食道 裂孔ヘルニアの頻度は本土より低い9)。なぜか? 逆流性食道炎の主因が一過性LES 圧弛緩とさ れており、それが少ないとすると、LES 弛緩 に対するコレシストキンなどのホルモン分泌動 態、あるいはその反応性などが異なるのか、唾 液分泌が豊富で酸の中和がなされているのか、 もしくは食道の蠕動運動が活発で、酸逆流を回 避しているのか、推測の域をでない。食道から 胃までの圧を天気図にようにカラー表示できる High resolution manometry などによる食道内圧 検査が大規模に検査されるとその違いの証明が されることとおもうが、今後の課題である。

表3 比較:前回、慶田、GERD 研究会、今回

表3

4. 最後に

胃食道逆流症(GERD:gastroesophageal reflux disease)診療ガイドライン(2009 年) 一部を紹介する10)

1)日本における逆流性食道炎の有病率は4.0 か ら19.9%と差があり、増加しているかどう かの評価は困難。対象の違いなどが差の大き な要因。

2)日本人ではGERD の有病率は男性に高い傾 向。女性では60 歳以上で頻度と重症度が増加。

3)日本人で胸やけを有する対象者の割合は 17.9%から44.1%。

4)日本人からの報告ではGERD の有病率と body mass index の関連は不明(両者の関連 は、“ある” と“ない” に別れており、対象 者の違い、脊椎後弯など他の要因の関与など が不明確にしている可能性がある)

5)日本からの報告ではGERD と食道裂孔ヘル ニアの合併率が高い。

6)GERD は、狭窄、出血、Barrett 食道など を合併するが、日本人でのその頻度は不明。 (Barrett 食道から食道腺癌移行の可能性が 報告されているが、日本では罹患率が少なく、 この点の検討は十分にされていない)

7)日本を含めた東アジアでのGERD 患者の H.pylori 感染率は、対照者に比べ低率であ る。(逆流性食道炎患者のH.pylori 感染率 33.7%、対照者72.0%)

8)激しい運動は、健常者、GERD 患者の胃酸 逆流を増加させる。

9)Barrett 食道の診断は、内視鏡的に確認でき る円柱上皮のことであり、組織学的な特殊円 柱上皮化生の有無を必要とするかは、世界的統一がない。(Barrett 粘膜の定義は、欧米で は「内視鏡で確認され、生検組織で腸上皮化 生を認める食道上皮の変化」とされるが、日 本では「胃から連続して食道内に存在する円 柱上皮」とし、組織検査を問うていない。

10)GERD 患者の長期管理の主要目的は、症状 のコントロールとQOL の改善に加え、合併 症(貧血、出血、食道狭窄、Barrett 食道- 食道腺癌)の予防。

11)薬物療法では、PPI(proton pump inhibitor)が第一選択薬。

参考文献
1) 真船健一、上西紀夫 逆流性食道炎と食道裂孔ヘルニ アとの関係 診断と治療2003;91,97-104
2) 金城渚、金城福則、慶田喜秀他. 沖縄県における逆流 性食道炎の臨床的検討 沖縄消化器内視鏡学会記念誌 2003;6-12
3) 大原秀一、神津照雄、河野辰幸 他. 全国調査による 日本人の胸やけ・逆流性食道炎に関する疫学的検討 . 日消誌 2005;102:1010-1024
4) 河野辰幸、神津照雄、大原秀一他、日本人の Barrett 粘膜の頻度 J Gastroenterol Vol.47(4) Apr,2005,951-961
5) 草野元康、神津照雄、河野辰之他、日本人の食道 裂孔ヘルニアの頻度 J Gastroenterol Vol.47(4) Apr,2005,962-973
6) 厚生労働省 平成22 年国民健康・栄養調査
7) 仲本学、金城渚、金城副則他、沖縄県における逆流性 食道炎の前向き研究の検討、日消誌100:A594,2003 8) 折田均 当院受診者における逆流性食道炎の検討、沖 縄医学会誌42(3)81,2003
9) 慶田喜秀、山口裕、新城雅行他、当院における逆流性 食道炎と裂孔ヘルニアの検討 沖縄医学会誌43(3): 134-138、2005
10) 胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン 2009 年日 本消化器病学会